記憶はオルゴールと共に

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 すうっと店主が息を吸い込んだ音に、緊張していた空気が緩む。  店主は先ほどまでと変わらぬ笑顔を浮かべていた。 「成功しましたよ」  老女は嬉しそうに目を細めた。 「ありがとう。私の姿が無事に記憶に残っていたのね。もしよければ、そのオルゴールを息子に郵送してくれないかしら。明日の朝には施設の方のお迎えが来るから、郵便局に行く時間がないのよ」  店主は、首を横に振った。  沈んだ表情をした老女に、店主は笑いかけた。 「差し出がましいことを申しますが、こちらはあなたがお持ちになった方が良いかもしれません」  きょとんとした老女に、店主はオルゴールのネジを巻き始めた。 「一度、見てみてください」  ごくりと唾液を飲み込む音がした。老女の視線はオルゴールに注がれている。  店主は目尻に笑い皺を宿して、ゆっくりとネジから手を離した。  流れ出した音楽とともに、家に宿っていた記憶が老女の頭の中に流れ込んだ。
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