6.帰り道、君と

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6.帰り道、君と

「俺、さ、嫉妬、してて。高柳に」  帰り道、小学校脇の道をぶらり、ぶらり、と歩く。フェンス越し、夕日に染まる校庭を眺めながら歩く聖は、いつも通りもの静かだ。その彼の横顔に向かって、柊は言葉を重ねた。 「俺とのこともさらっと言っちゃうくらい仲いいのなら……俺にはできない話とかもあいつにはするのかな、とか、いろいろ考えちゃって」 「高柳くんには歌がうまくなる方法、訊いてた。好きな曲、歌うのがいいって」  言いながら、聖は足元の水たまりを飛び越える。 「それで、シャトルラン?」  たどたどしくも愛らしい彼の声を思い出し問うと、彼はわずかに頬を上気させた。 「あれが一番、思い出深いから」 「そうなのか?」  確かに学生時代、体力測定で耳にしたことはある。あるが、音楽というか、単調な音の連なりでしかない気がする。首を捻る柊の横を歩いていた聖が、そのとき、つと足を止めた。 「シャトルランって最後のひとりになるまで走ると、拍手してもらえるよね」 「あ、ああ。そう、だったかな」  確かに持久力を測る体力テストである20mシャトルランでは、長く走れば走るほど注目され、拍手される。聖は持久走が得意で最後まで残っては、あの拍手が嫌だ、と零していた。 「見られるの嫌だし、手、抜こうとも思ったんだ。でも柊に言われたんだよね。見てるのが俺だけだって思えばいい。拍手も俺のだけ、聴けばいいって」 「お……」  確かに言った。今思い返しても随分恥ずかしいことを言ったと思う。  それは、と、照れ隠しで咳払いをした柊の声に、だから、と言う聖の声が重なった。 「たから、あの曲を聴くと、柊の拍手、思い出す」  顔を上げた柊の目に飛び込んできたのは、聖の微笑みだった。  指先をふわりと包んでくれる、水みたいな、笑み。  それを見下ろしながら、思う。  ああ、好きだなあ、と。 「か、カラオケ、うまくなりたいって、なんで? 聖、嫌いだろ。カラオケ」  ここが公道なのを忘れて抱きしめたくなる。その気持ちを押し殺して言うと、聖は困った顔をした。 「嫌いだけど……カップルはカラオケ、するものだって言われて」 「誰に?」 「ドラマに」  聖はわりとテレビをよく見る。ドラマも好きだ。自分が話さない分、ドラマの中で展開される人間模様が興味深いらしい。しかしまさかそんなドラマ情報を鵜呑みにして、鼻歌特訓をしているなんて思わなかった。 「カップルでカラオケって別に定番じゃないだろ。なにも無理することないのに」 「だって」  呆れた顔で言い、ぽん、と聖の頭に手を置くと、聖がその手を見上げるようにこちらを見た。 「柊と恋人らしいとこ……行ってないって思ったから。それに、ね」  そうっと目を伏せ、聖は掠れた声で言う。 「シャトルランと同じで……見てるのが柊だけって思ったら、カラオケも行ってみたいかもって、思って」  なんで。  なんでここは、公道なのだろう。  くらくらしつつ、柊は聖の頭から手を滑らせる。彼の手を握り、柊はぐい、と引く。 「今度、カラオケ、行こうな」  彼の顔を見ないままに言うと、返事の代わりのように声が聴こえた。 ♪ドレミファソラシド   ドシラソファミレド♪  柔らかな歌声。確かに音階を踏むその声。  見ているのは俺だけ。そう彼に言ったのは柊自身だ。けれど彼の奏でる音階こそが言ってくれている気がした。 ──俺の拍手だけ、聴いていればいい。  橙に染まる空へと駆け上がる音階に、胸が熱くなる。つられて熱を持つ目頭に手を焼きながら、柊は聖の奏でる音をなぞるように密やかに歌った。 ♪ドレミファソラシド   ドシラソファミレド♪
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