2.浮気現場

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2.浮気現場

「矢島ぁ〜。……矢島ぁ〜」 「…………はい」 「矢島粋(やじますい)。返事が聞こえないけど、ちゃんと起きてんのか〜」 「起きてますし、さっきから返事もしてます……」 「じゃあ、その蚊が鳴くような声はやめなさい。いつも声が小さくて返事が聞こえないんだよ」 「はーい……」  学校では存在感のその字すらない、地味子だから。  ――そんないまは、二年四組の教室内で数学の授業中。  教師からの呼びかけに返事をしていたにもかかわらず、聞こえなかったせいもあって生徒からクスクスと笑いを浴びる。  私は雑音が嫌いだ。  だから、一番の友達はヘッドホン。音楽を流していなくてもこれさえあれば静かに過ごせるから。  休み時間になると、いつものようにヘッドホンを装着して机に寝そべった。  しかし、その隙間から聞こえてきたのは噂話。 「なんか、矢島さんってさ。独特な雰囲気だよね。黒縁メガネだし、いつもでっかいヘッドホンを装着しててさ」 「私に近づくなってサイン出してるのと一緒だよね。あそこまで警戒心をあらわにしてると、なぁんか近寄りがたいよね」 「なになに~? ヘッドホン矢島の話?」 「シーッ。本人に聞こえちゃうよ」  私のあだ名は、いつの間にかヘッドホン矢島に。  聞こえないと思って言ってるんだろうけど、会話は全てヘッドホンを貫通している。  静かに生活してるだけなのに、ヘッドホン一つで噂されるなんて誰とも接点を持たないせいかな。人付き合いは苦手だし、出来ることなら目立ちたくないと思っているのに。  ――世の中って、どうしてこんなに窮屈なんだろう。  じわじわとしんどくなったので、教室を出てから校内のお気に入りの場所に向かった。  ドアノブに力を込めて開けると、正面には澄んだ秋空が広がっている。乾燥した向かい風に身を包み、肩までの短い髪をはためかせた。  ここは、学校で唯一開放的な気分になれる屋上。  2週間前に解錠されていることに気づいてから、雨の日以外は毎日来るようになった。  中でもお気に入りはソーラーパネルの間。太陽の光と共に元気を与えてくれるような気になるから。  腰を下ろしてヘッドホンを定位置に戻してスマホで音楽を選択していると、屋上扉の音がキィィと鳴った。  警戒心を上げながら耳をすましていると。 「誰もいない……よね?」 「ははっ、ビビってんの?」 「そりゃ、私には朝陽という彼氏がいるからね。……でも、本命は大地だよ」  聞き覚えのある女子生徒の声と男子生徒の声に反応すると、四つん這いになってソーラーパネルの端っこまで前進した。  覗き見は趣味じゃない。ただ、”朝陽”という名前が引っかかってしまっただけ。  ソーラーパネルの角からひょいと顔を覗かせると、そこには驚くべき光景が待ち受けていた。  加茂井くんと交際してる彼女の赤城沙理(あかぎさり)と、同じクラスの木原大地(きはらだいち)が白昼堂々とキスをしている。  それを見た瞬間、目を疑った。彼女は明らかに浮気行為をしているから。  バクバクと心臓に低い音を立てながらぺしゃんとその場に座り込んだ。  二人は屋上に誰もいないと思っているのか、自分達だけの世界に入り込んでいる。  私は加茂井くんの恋を応援しているだけに、彼女の裏切りが許せなくなって爪が食い込むくらい拳を握りしめた。 「じゃあ、朝陽と一緒にいるところが我慢できなくなったらどうすればいい?」 「その時は朝陽と別れるよ」 「1年も付き合ってるんでしょ? そんな簡単に別れられる?」 「付き合ってると言ってもいまは大地しか興味ないから形だけだよ、カ・タ・チだけ!!」 「お〜、言ってくれるじゃん。俺も沙理しか興味ないよ」  一組の赤城さんは、髪が肩甲骨までの長さで目力があって美人というよりかわいい雰囲気。気立てがいい印象だけど、良いイメージはいまこの瞬間に崩れた。  お相手の木原くんは、学校一のイケメンと噂されている。金髪でシャープな顎が印象的でクールな顔立ちだ。  口が達者なせいか、彼女は三人いると噂で聞いたことがあったけど、まさか赤城さんの浮気相手だなんて……。  赤城さんは木原くんの首の後ろに手を回して、木原くんは赤城さんの腰へ。ずいぶんと手馴れているキスに理性がぶち壊れそうになった。  加茂井くんが幸せそうにしているから恋を見守っていたのに、幸せを奪うなら話は別に。 「ゴホン! ゴッホン!! ゴーッホン!!」  私は身を隠したまま10メートル先の二人に聞こえるくらい大きな咳払いをした。何故なら不快な気持ちに加えて大切な場所から追い払いたかったから。  すると、「えっ、なに? 誰かいるの?」「ちょ……、ここを離れよう」と動揺する声が聞こえた後に足音が消えていった。  人声が消えて二人がいなくなったところを確認してからスクっと立ち上がる。  二人は美男美女でお似合いだと思うけど、認められないし、加茂井くんを傷つけるなんて許せない。  だから、この時点からより強く加茂井くんのことを考えるようになった。
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