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◇ ◇ ◇
その時の光景を、私はこの先も忘れる事はないだろう。
スポットライトの中心で、マイクを手に躍動する珠季。身体の奥底まで染み渡るような、圧倒的な歌声。
スピーカーを通して響き渡る珠季の声は、無個性である事を良しとする合唱部の頃とはまるで違い、珠季の人間性そのものをぶつけるような独特の魅力に満ち溢れていた。
そんな歌い方を珠季自身が楽しみ、酔いしれているようにも見えた。
珠季達の演奏を聴くのは初めての人がほとんどのはずなのに、その歌声に導かれるかのようにどんどん人が詰めかけ、ステージから迸る熱に魅了されていく。
集まった観客の熱で、体育館自体が生き物のように、唸りをあげて揺れ動く。
「珠季先輩だ!」
「カッコイイ!」
「行こう!」
さっきまでの涙を忘れたかのように、合唱部の後輩達もステージへ向けて駆け出していく。
合唱部を辞めた珠季は、歌を忘れたカナリヤなんかじゃなかった。他に歌う場所を見つけていたのだ。千尋をはじめ、一緒に曲を演奏するバンドメンバーを見つけ、その手にマイクを持ち……。
きっと沢山練習したのだろう。ステージに立つのだって明らかに初めてではない。生徒とは別の、ファンと思しき一般客の姿もちらほら見える。合唱部を辞めてからの一年の間に、珠季もまた、自分の歌を追い続けていたのだと知った。
彼女と袂を分かってからの一年間が、走馬灯のように去来した。彼女を追い出してまで、私達が手にしようとしたものはなんだったんだろうか。実際に私達は、一体何を手にしたのだろうか。
本当に歌が好きだったのは、歌う事の楽しみを知っていたのは、誰だったのだろうか。
美桜もまた、今頃体育館のどこかで同じステージを見上げている事を想うと、胸が痛んだ。
不意に、とうに流し尽くしたはずの涙が込み上げて、前が見えなくなる。
ぼんやりと滲む視界の先で、ステージの上で歌う珠季がキラキラと輝いて見えた。
沢山の光に包まれた珠季が、眩しかった。
珠季の放つ光が、眩しくて仕方がなかった。
<了>
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