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◇ ◇ ◇
「……香……優香!」
ふと我に返ると、眉間に皺を寄せた美桜が睨みつけていた。
「何ぼーっとしてんの? 話聞いてた?」
「うん、まぁ……」
「じゃあどうするの? ソロパートの問題」
ああ、そうだ。
今自分が置かれた状況を、ようやく思い出す。
大会ひと月前に迫った今になって、美桜が「ソロパートを別の人に変えるべき」と言い出したのだ。
「私さ、背が低い方でしょ? 大きなホールだと、いまいち声が通らないんだよね。やっぱり背が大きい人が歌った方がいいと思うの」
正直またか、とうんざりした。
もっともらしい顔をしているけれど、理屈が通っているとはさっぱり思えない。今回の自由曲だって、美桜自身が歌いたいからという理由で、わざわざソロパートが合いそうな曲を選んだというのに。自分の声量と、大舞台を前に怖気づいたというのが本音だろう。
「私的には、希美ちゃんなんていいと思うんだよね。一年生の。あの子背も大きいし、結構声も出る方だと思わない?」
提案に見せかけた、意見の押し付け。私には異を唱える事もできない。
「……という訳で、ソロパートを担当してくれない? 来年に向けて良い経験にもなるし」
「私が……ですか」
説明を受けた希美は、今にも泣き出さんばかりに瞳を潤ませた。元から自分から前に出るようなタイプじゃない。まして一ヵ月前になって急にだなんて、青天の霹靂どころの衝撃では済まないだろう。
「私達もフォローするからさ。ね?」
希美は頼りなく頭を垂れ、去って行った。
彼女の背中を見送り、一人ため息をつく私に、物陰から出てきた美桜が満面の笑みで親指を立てて見せる。
私は気づかなかったフリをして、もう一度ため息をついた。
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