4人が本棚に入れています
本棚に追加
◇ ◇ ◇
私は別に、美桜のせいだなんて思ってない。誰のせいにする気もない。私達全員がやってきた成果が、この結果だと思ってる。
でも、私達はこんなもんじゃないはず……とも思ってる。
もう今さらどうしようもないけど、こんな悲しい思い出だけで合唱部を終わらせたくない。
だから一つだけ、みんなに提案させて欲しい。
私達三年生の最後の公演となる文化祭では、最高の歌を届けたい。
みんなで力を合わせて、もう一度だけ文化祭まで頑張ろう。思い残す事なんて何もないと思えるぐらい、本気になってやってみよう。
……そんな私の言葉を、部員達はしっかりと受け止めてくれた。
もう一度各々のパートや構成を一から見直し、必死になって練習した。指摘し合い、励まし合い、支え合う時間はたったひと月しかなかったけれど、それまでのどんな練習より充実して、楽しかった。時には涙を流す事もあったけれど、それまでに比べたらどの顔もずっと輝いて見えた。
そうして文化祭のステージで披露した歌は、満足とまでは言えないまでも、これまでの中では一番形になったと思える出来栄えだった。歌い終えた瞬間、熱いものが体の奥底から込み上げた。
私達がとうに忘れ去っていた歌う楽しさを、今になって思い出す事ができたような気がした。
「良かったよね。頑張ったよね」
「私達、よくやったよ」
緞帳が閉まったその瞬間から、感極まった部員達は抱き合って泣いた。県大会の時に流した涙とは異なる、歓喜の涙だった。
「優香、お疲れ様」
「先輩、今までありがとうございました」
三年生として、そして部長としても引退を迎える私を、みんなが囲んで讃えてくれる。涙はどんなに流しても尽きる事はなかった。
「ありがとう。ありがとう」
私も数え切れないほどの感謝を口にしながら、何人かと支え合いながら、もつれ合うように舞台袖へと下りる。
そこで、意外な人物を見つけた。
肩の上で切り揃えられたおかっぱの髪は、蓮田珠季だった。
「珠……季……」
一瞬にして、私は胸がいっぱいになった。
珠季が私達の歌を聞いて、激励しに来てくれたのだと思った。
私達がたった今ステージで披露した歌は、珠季が目指していた姿には程遠いものだっただろう。でも歌う楽しさという一点においては、私達が求めていた理想の一片ぐらいは見せられたのではないか。そう信じたかった。
何より――この場に珠季がいる事がその証拠だと思った。
珠季には伝えたい事が沢山あった。何より私は、彼女に謝らなければならなかった。
「珠季、あの……」
「次、スタンバイお願いしまーす!」
私の頭上を、文化祭の実行委員の声が飛び越えていく。その声を合図に、控えていた次の演者が舞台へと上がり始めた。
「珠ちゃん、シンセ運ぶの手伝って―」
「オッケー」
加藤千尋の金色の頭が私の横を通り過ぎ、器材を持った珠季がその後を追ってステージへと駆け上がっていく。その目は一度として、私に向けられる事はなかった。
壁に貼られたプログラムには、次の演目として「有志によるバンド演奏」と書かれていた。
最初のコメントを投稿しよう!