第三章

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「アイってさぁ、 夜の街に繰り出すの初めてよね?」 美咲にこのまえそう聞かれた。 猫を被っていた訳ではないが、アイは夜の街にいい思い出がないため昔、深夜徘徊していたことは周りの誰にも言わなかった。 同年代の子は自分の過去の経験談を誇張して話したりして悪ぶったりするがアイは真逆だった。 昔のことは忘れたいとさえ思っていた。 見た目も相まって過去について質問されたこともない。周りからは見た目どおりの平凡な子。そんなイメージだった。 今のアイは、黒髪ボブに、シャツは上まできちっとボタンをとめてロングのスカート姿が定番。 昔のアイは誰も想像できないだろう。 かつての親友、椎原と派手な化粧をして露出の多い服で毎週末は街でなにをするでもなく深夜徘徊しクラブや居酒屋に飲みに行きナンパ待ちをしていた過去。 普通は武勇伝のひとつやふたつ話に混ぜて誇張して笑い話にしたりもするんだろうが。 アイにはできなかった。 椎原と一緒にいれば無敵だった自分はもういない。 あの夜、車から蹴り出されてから?潤平に遊ばれてから? 椎原に切り捨てられてから? わからない。 いつからかアイは軽い人間不信になっていた。 いつまで過去に囚われているのだろうか。そんな自分が嫌だった。 まだアイには辛い過去を忘れたふりをして生活するのに精一杯だった。 学校でもアイが中卒だったことなど根掘り葉掘り聞かれることはなかった。 そもそも誰もアイにさほど関心を寄せなかった。 それはアイを安心させた。
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