蓮音2

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蓮音2

 鈴音と僕には、苗字が同じ「加賀嶺」という共通点がある。そんな二人が同じ地域に住んでいたら、幼馴染のまま進級していくのは偶然ではないだろう。珍しい苗字が2人いるから、「君たち、キョウダイなんじゃないの?」ってよく聞かれる。キョウダイではないけど、遠い親戚が一緒なのかもしれない。鈴音のことが気になるのは、そんな繫がりを感じてしまうからなのかもね。  鈴音の家は、あまり裕福ではない。ピアノの練習に明け暮れていた鈴音の家にグランドピアノがないことくらい、僕は知っている。  鈴音の家は、ちょっと古めのアパート。ロビーに入る前のインターフォンなんてないし、5階建てなのにエレベーターも付いていない。何度か行ったことがあるから、よく覚えている。  鈴音は、指が演奏を覚えるまでは、卓上のキーボードで練習をするという。慣れてきて音の響き方まで調整するようになると、学校の音楽室に(おそ)くまで残っていることが多い。休みの日は近所の音楽教室に通ったりして、どこまでも研究する練習熱心な奴なんだ。昨年、鈴音が練習の成果を発揮できなかったことは、僕も残念に思っている。  けれど、鈴音に責任はない。  鈴音が手を怪我したことは、単なる不運な事故かとも思った。だが、僕は知っている。鈴音が嫌がらせの罠にはめられたことに。  鈴音のライバルだったもう一人の伴奏者は、鈴音に強く嫉妬していた。「鈴音ちゃんの代わりに弾けるように練習しとくんだ」って、めげずにピアノを弾くあいつを、僕は偉いなと思った。でも、それは鈴音から伴奏者の役目をいつでも奪い取れるようにするためだったんだ。  コンクールが終わった後、あいつが陰で「鈴音ちゃんの自転車のブレーキワイヤー切ってやったんだー」ってほくそ笑んでいるのを聞いてしまった。「私が鈴音ちゃんの代わりにピアノできなかったら、このクラスの合唱はどうなっていただろうねえ」なんて、自作自演の恩着せがましさを振り撒いている。鈴音の在りもしない悪い印象を言いふらして、あいつはいじめの主犯格になった。  それを知っててなお、僕は、鈴音を守ることができなかった。今、ここで動かなければ、もう取り返しがつかない。  分厚い夏の雨雲は、僕よりも先に鈴音のアパートに辿り着いていた。屋上には一つ、ポツンと佇む人影が見える。強い風が吹いただけで、その影が消えてしまう気がして、僕はまた空へ向かって駆け出していく。
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