鈴音2

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鈴音2

 屋上に出る階段室は、屋上の平場から突き出して塔屋になっている。あたしはそこに上って地上を見下ろす。17mくらいはあるのかな。遥か、というには少し近い。けれど、足が(すく)むほどに、目指す地上は遠い。  雲が翳ってきた。もうすぐ夕立が降るかもしれない。あたしの心情描写みたいでお似合いだ。強く降るなら、この世の薄汚れたものを綺麗サッパリ洗い流してください。それができないなら、清くありたかったあたしを、どうか消し去ってください。そう願って、天を仰いだ。  家族はまだ誰も帰ってきていない。心配をかけるから、死を(ほの)めかすようなことは今まで言わないように(こら)えてきた。  あたしが死んだら、心配じゃ済まないよね……。でも、あたしの問題に誰も巻き込みたくない。あたしだけのことだから、構わないでほしい。こんなあたしのことを、どうか赦してほしい。  あたしのことを誰も止めない。いつでも飛べるはずなのに、いつまで経っても飛べない。あと一歩踏み出せば、全て崩れ落ちて楽になれるのに、鉄の靴を履いているみたいに一歩が重い。前傾すれば、吸い込まれるようにあの世に行けるのに、恐怖が命綱になってあたしを離してくれない。背中から仰向けに落ちれば、ゆったりと飛ぶように消えられそうなのに、重心を前にかけようとする手が、必死に何かを摑もうとしてしまう。死にたい癖に、どうして死ねないんだろうか。  あたしはどうして蓮音(はすと)を待っているのだろう。止めないでって言ったのに。来ないでねって言ったのに。止めてほしくないはずなのに。来ない……はずなのに。  このままずっとここにいるの? 死ぬって言ったくせに、バカみたいじゃん。そうやってやると決めたことを実行できないなんて、あの時と同じ……。  3年生になった今年も、合唱コンクールの時期が近づいてきている。あたしはまた立候補したかった。でも、できなかった。  あたしがピアノを弾けることを知っている先生が、あたしを伴奏者に薦めた。今年のクラスは、ピアノを弾けるのがあたししかいないから、あたしが弾かざるをえない。  ライバルだったあの子は、今年は別のクラスだけど、昨年同じクラスだった子は、あたしが伴奏者になることに不信感を抱いてるはず。信任投票なら票不足で認められなかったはず。先生が推したから、白い目で見られながら、あたしは今年、ピアノを弾くことになる。  練習しても、しても、しても、昨年のトラウマが蘇って上手く弾けない。今年も投げ出すことになりそうで怖い。だから、この身ごと投げ出すことにしたの。……もう、あたしに居場所はない。  もう一度、目が眩むような足元の世界を覗いてみる。そして、覗いた先に、恐る恐る手を伸ばしてみる。今なら、あたしを引き吊り込んでくれるかもしれない。  場外に身を乗り出した時、息急き切って走る呼吸音と全力疾走の足音が、あたしの真下から近づいてきた。
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