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「――まあ、言わないか」
「え?」
ふと思考の一部が口に出てしまい、横たわった茂が少し頭を上げた。「何でもない」と返し、高志は今はぎ取った茂の衣類をベッドの下に放り投げた。
茂の考えることは、高志には分からない。もちろん、茂に限らず、他人の考えていることは分からない。ごく当たり前のことだ。
女の子と付き合っている時だって、分からないと思うことは多かった。けれどそんな時、大抵は『やっぱり女子の考えることは分からない』で思考停止していた気がする。世間でもよくそう言われているから。
けれど同性の茂と付き合っても、分からないと感じる頻度は変わらない。茂が特別に分かりにくいのだろうか。そんな気もするし、関係ない気もする。
茂に覆いかぶさるようにして手を伸ばし、高志はベッドのヘッドボードからジェルとゴムを取り出した。下から見上げる茂が、指で高志の腹に触れてくる。少しだけ凹凸をなぞり、またすぐに離す。
茂は自分が思っていることを言わない。――というのも事実だと思うけれど、といって普段の茂が過度に抑制しながら話している訳でもない。割と素直に思ったままを口にするというのもまた茂の印象だった。感情表現は高志よりよっぽど豊かだ。
例えば悲しいとか辛いといった感情、好きじゃないとか不愉快だと思ったこと、それから――高志に対する『何か』。あまり口にしないのはその辺だろうか。
だから今日みたいな日は、珍しく茂の本音に触れられた気がして嬉しい。できれば普段からもう少し教えてほしいけれど……でも、きっと茂は言わないだろう。
ぴり、とゴムの袋を破る音を耳にしてか、茂は自ら膝を立てて脚を開いた。その陰で、手がシーツを握り締めるのを、高志は見逃さない。
「怖い?」
ふとそう聞いてみたが、茂はきょとんと「え?」と返してきた。これが虚勢なのか本心なのかも、やっぱり高志には分からない。ジェルで充分に潤した後、高志はなるべく優しく、そこに指を差し入れていった。そして茂の胸が呼吸で上下する様を見ながら、落ち着いたであろう頃に少しずつ動かし始める。
「これさ……お前、自分でやった方が楽だったりする?」
今まで何となく気になっていたことを、今日の雰囲気に乗じて聞いてみた。いつも、この瞬間に茂が身構えるのは事実だから。
「嫌だよ。お前がやって」
しかし茂の返答はにべもない。高志はそっと指を引き抜き、今度は二本の指にゴムを被せて、挿入を再開した。
「……それ、めんどくさかったりする?」
やがて茂が問い返してきた。沈黙を誤解したのかもしれない。「違う」と高志はすぐに否定する。
「俺がやるより自分でやった方が負担が少ないかと思っただけ」
「そんなとこに自分で指入れる方が怖い」
「え?」
思わずその顔に目をやると、首をかしげるようにしてこちらを見下ろしている茂と目が合う。
「自分でできる気がしないから、お前がやって」
「え、うん」
真顔でそう言う茂に、高志はただ頷いた。作業に集中するふりをして口を閉じる。今の言葉はひときわ分からない、と思った。自分でやるのは怖くて、高志がやるのは怖くないのだろうか。まあ、茂本人が言うのならそうなんだろうが。指よりもっと太いものを入れられているのはどうなんだ。
別に準備を高志がするのは構わない。いつもやっていることだ。むしろ高志が準備したことしかない。大学時代ですらそうだった。
そう、さっき茂は、あの頃『高志が嫌がっていることは分かっていた』、と言った。
なのにその時ですら、茂は高志に「やって」と言った。自分だったらその状況で相手にはとても頼めないと思う。そういう言動はやはり高志には分からないし、けれどそれがこの上なく茂らしいとも思った。
茂には遠慮し過ぎるところと図々しいところが混在している。ふと、末っ子だからだろうか、と思い付く。いや、二人兄弟で末っ子と言うのかは分からないけど。かわいがられてきた者特有の甘え上手なところがある。
……そうだ。さんざん高志の母親がどうと言っていたが、茂自身の方がよっぽどそうなんじゃないか。
思わず少し笑うと、ずっと高志の方を見ていた茂が、「何?」と聞いてきた。
「いや。思い出し笑い」
「ふうん」
指を引き抜き、もうひとつゴムを取り出して自身に装着する。茂はまだ何か問いたそうな顔をしていたが、高志がその膝を抱え上げると、きゅっと口を引き結んだ。
――こいつも今、俺の考えていることが分からないとか思ってんのかな。
自然に笑んだ顔のまま、高志は屈み込んだ。何度もキスを交わす。短く、そして長く。どうしてもその瞬間に緊張するらしい茂が、再び体の力を抜くまで。
「……入れていい?」
「うん」
頷きとともに、首の後ろに温かさが触れた。茂の両腕の重みを感じる。最後にもう一度、思いを込めて唇を落とす。
そして高志は、快楽の待つその先へと進んでいった。
(完)
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