手を伸ばしたら、それに触れた

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 いつも使うスーパーに入り、かごを持つ。茂とも何度か来たことがある。入ってすぐが青果コーナー、それから壁沿いに冷蔵の豆腐や練り物、魚、肉、卵や乳製品と続く。惣菜類は店舗の奥の方だ。  高志が果物を手に取ると、茂は「買うの?」と聞いてきた。高志がついでに自分の買い物も済ませるつもりなのだと思ったようだ。それから野菜をいくつかかごに入れ、更に奥の売り場へと進む。 「牛、豚、鶏、どれがいい?」  精肉コーナーでそう尋ねると、ようやく茂は気付いたようだった。ぱっとこちらを見る。 「え、何、お前が作るの?」 「作るっていうか、焼くだけ」 「へえ! お前料理できたんだ」 「できない。だから、焼くだけ」 「まじで? すげえ」  そう言って感心している。だから焼くだけだと言っているのに。 「どれがいい?」 「んー……じゃあ、豚」 「OK」 「作ってくれるんだ?」  茂が嬉しそうなのが伝わってきて、少し安堵する。高志は豚ロースのパックを手に取り、かごに入れた。 「だから、作るっていうほどじゃない。言っとくけど、生姜焼きとかそういう凝ったものは期待するなよ。本当にただ塩胡椒で焼くだけだから」 「えー、でもすげえじゃん」 「あと、これ以外は全部レトルトな」 「いっつも作ってんの?」  少しテンションの上がった様子の茂が楽しげに聞いてくる。高志は首を振る。 「肉が食いたくなった時に焼くだけ。料理はできない」 「でも自分で焼くんだな」 「焼いただけのが食べたくなる時があって、そういう時はな。売ってないし」 「確かに、惣菜だと揚げ物が多いもんなー」 「お前は、全然やらないのか?」 「ぜーんぜん。特に今はな。大学の頃の方がまだやってたかな。まあ卵焼いたりとか、それくらい」 「そうか、そんな余裕ないよな、今は」 「実家で採れた野菜とかたまに送ってくれるんだけど、今はもうさ、料理してから送って! って頼んでる。届くとありがたさが沁みるわ」  話しながら、高志は夕食に加えて、明日の朝食用の食材も二人分かごに入れた。茂が泊まるかどうかは確認していない。でも泊まってもらおうと思っている。 「ビールか何か買う?」  高志が聞いてみると、茂は頷いて「飲むの久し振り」と笑う。ビールとチューハイをそれぞれ3本ずつかごに入れ、そのままレジに向かった。
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