手を伸ばしたら、それに触れた

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 予想どおり茂は手伝うと言ったが、高志は断った。特に手伝ってもらうほどのことでもないし、そもそも自分で作ったものをご馳走したくて始めたことだ。 「いいから。勉強でもしながら待っといて」  上着を脱ぎ、高志はすぐにキッチンに立った。夕食用の食材だけを出し、他のものは冷蔵庫に入れる。ふと部屋の方を見ると、こちらを見ていた茂と目が合う。手にはテキストらしき冊子を持って、ベッドの端に腰かけている。 「かっこいいな」 「はあ?」 「料理男子」  高志が何か言う前に、茂は口元に笑みだけ残して手元の冊子に視線を落とした。ページを開いて読み始めたのを見て、高志も作業を始める。  茂に言ったとおり、高志は料理はできない。ただ肉を焼くだけだ。一人暮らしを始める時、高志が肉を好むことを知っている母親に焼き方を教えられた。牛、鶏、豚にかかわらず、塩胡椒をふって中火で焼くだけだが、シンプルなそれらは確かに実家でよく食べた味だった。簡単で美味い。  厚さ1センチほどの豚ロースを2切れフライパンに載せ、中火にかけて塩胡椒する。それからカット野菜の袋を開けて二人分の皿にそれぞれ盛り、更に見よう見真似で斜め切りしたきゅうりとプチトマトも添えた。パックご飯をレンジで温める。味噌汁はインスタント。いつもの高志流の夕食だ。  デザートのつもりで買ったいちごも洗う。食後に果物を食べるのは、高志の恋人が持ち込んだ習慣だ。だから本当は茂との食事で同じことをするのは少し気が引ける。それでも、茂は普段あまり果物を口にしていないかもしれないと思ったのだ。  でも今考えると、高志と同じように茂も彼女と一緒の時に食べてるかもな、とも思う。茂と同じ職場の、年上の彼女。  ちりっと少し胸が疼いた。高志が会えなかったこの一か月も、彼女は毎日顔を合わせているはずだ。この時期、仕事と勉強で余裕のない茂をフォローしているだろうし、きっと茂の食事だって気に掛けているだろう。せいぜい肉を焼くくらいしかできない高志と違って。  それでも、と、スーパーでの茂の様子を思い出す。こんな料理とも言えない料理でも、少しは喜んでもらえたみたいだから、やって良かったんだろう。  片面に火が通っていることを確認し、2枚ともひっくり返す。じゅううと肉の焼ける音が大きくなる。再び塩胡椒を振りながら、ちらと茂に視線をやると、俯きがちに勉強している姿が見えた。いったん菜箸を置いて部屋の方に行き、ローテーブルの上の物を床に降ろして表面をウェットティッシュで拭く。茂が気付いて顔を上げる。 「あ、もうできた?」 「いや、もう少し」 「運ぼうか?」 「いいから座ってろって」  そう答え、再びキッチンに戻る。温め終わったご飯を茶碗に盛り、味噌汁に湯を注ぐ。洗ったいちごはへたを取ってガラスの容器に入れる。一人暮らしの高志の部屋に、食器は全て同じものが二枚ずつある。――そう、高志だって茂と同じだ。本当は、茂の彼女に嫉妬する資格なんてない。  いつも考えないようにしている。  茂といる時にも、お互いにそのことには触れずにいる。  この先、自分たちはどうなるんだろう。全然分からない。先のことを考えず、ただ目の前だけを見るようにしている。それしかできない。  フライパンからそれぞれの皿に肉を盛り付けた後、高志はその思考を振り切った。振り返りながら声を掛ける。 「できた」
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