手を伸ばしたら、それに触れた

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 食べ終わった茂に「先に風呂に入れよ」と言うと、茂は素直に「うん」と頷いた。もとから泊まっていくつもりだったようで、鞄から着替えを取り出している。 「タオルとかいつもの場所な」 「はーい」  バスルームに向かう茂を見送ってから、高志は食器を洗ってテーブルを片付けた。それからチューハイを片手に、ベッドにもたれて床に座る。茂がシャワーを使う音がかすかに聞こえてくる。  だいぶぬるくなったチューハイを飲みながら、高志は先ほどの会話を反芻し始めた。  あの当時の茂の心境を知りたいと思いながら、同時に真正面から聞く勇気が高志にはなかった。自分の汚い感情を茂に知られるのが怖い。だから、おかしな方向に逸れた茂の回答を修正することもできなかった。 ――性欲が強いとか、何言ってんだ、あいつ。  確かに高志自身、あの頃、自分が男の体を抱けることに戸惑ったのを覚えている。だから茂もそういう違和感を持ったのかもしれないけれど。 ――いや。  こちらに背を向けて、顔を伏せていた茂の姿をまた思い出す。あの時、あの部屋で、茂の反った背中を見下ろしていた自分。  目の前のその体は、慣れない行為に強張っていた。こちらの無遠慮な挿入に腰が逃げ――高志はそれを強引に引き戻し、抽挿を続けた。声を押し殺しているのが分かる。何度も突き立てているうち、反動で徐々にTシャツの裾がめくれ、背骨のくぼみが露わになってくる。細い腰。それを無理やり押さえつけている、自分の両手。徐々に大きくなる自分の黒い衝動。 ――違う。  その記憶と同時に襲ってきた激しい自己嫌悪に、高志は翻弄された。強く目を閉じて脳裏から追い出そうと努力する。別のことを考えようと頭の中の記憶を手当たり次第に探る。 ――絶対に違う。  いちごを食べていた。無造作な表情で。  いつもみたいに高志に笑いかけたり、あるいは揶揄ったり。伏し目がちに料理を口に運び、たまにビールの缶を傾ける。 ――飲むの久し振り。 ――二回目? 限定的だな。 ――お前はずっとかっこいいよ。  高志に向ける笑顔は、いつもと変わらなかった。もし茂があの時苦しかったとしても、高志の態度に傷付いていたとしても、それでもこうして今、高志と一緒にいてくれている。そこに確かに茂の気持ちがあるのはちゃんと分かっている。 ――それでも、あれは絶対に違う。  言わないということは、言えないようなことを感じたからじゃないのか。  頭の中の茂は今でも笑っているけれど。  『それで俺も、お前にそうされてみたかったから』。  あれは茂の本音だった。いつもなら決して口にしない本音。俯きながら、あの時初めて、ひっそりと教えてくれた本当の気持ち。  ずっとそう思っていたのなら、あの日、お前は本当はどう思っていたんだ。 「-――あ、片付けてくれたんだな」  聞こえてきた声に顔を上げると、肩にタオルをかけた茂が部屋の入口に立っていた。髪が濡れている。高志は努めて無表情を装った。 「……乾かすか?」 「お前が風呂入ってる間に借りるわ」  それに頷いて、高志は立ち上がった。クローゼットから部屋着を取り出し、バスルームに向かう。シャワーを浴びている間に冷静さを取り戻したい。  服を脱ぎ、中に入ると、高志は熱い湯を浴び、全身を洗い始めた。少しして、脱衣所の洗面台の前で茂が髪を乾かす音が聞こえてくる。何度も泊まっているので、茂はドライヤーの収納場所も知っている。  茂の気配が去るまで、そのまま高志はずっとシャワーに打たれ続けていた。
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