手を伸ばしたら、それに触れた

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 高志が脱衣所を出ると、茂はベッドに腹ばいになってスマホを見ていた。高志に気付き、起き上がって無造作にスマホを鞄に放り込む。テーブルの上に3本目のビールが出ているのを見て、高志は冷蔵庫から最後のチューハイを出して部屋に戻った。  ベッドにもたれて床に座り、プルタブを開ける。一口飲んで、何となく溜息をついた。 「また自然乾燥?」 「すぐ乾くし」  そう返すと、ぎし、とベッドが少しきしんで、茂がすぐ後ろに座った。背後から肩のタオルを取り上げられる。それから、わしゃわしゃとかき回すように髪を拭かれる。 「短いと楽だよな」 「お前は、いつもより長いな」 「あー、うん。いい加減、切りに行かないと。延ばし延ばしにしちゃってて」  わしゃわしゃわしゃ、と茂が満足するまで拭かれた後、手が離れた。頭を動かせるようになった高志は、もう一口チューハイを飲んだ。軽くたたまれたタオルが、背後からぽんとテーブルの上に投げられる。 「サンキュ」 「うん」  今度は手で髪を触られる感触がした。そのまま意味も分からず撫でられたりかき分けられたりするので、思わず「禿げない」とまた言ったら、背後で茂がふき出した。 「冗談だって。大丈夫だよ、うちのじいちゃんも薄くなってるし」  俺だっていつかは禿げるよ、という言葉とともに、手が離れていく。茂はベッドから降りると、テーブルのビールを取った。それから高志の隣で床に座り込む。  高志はそちらに視線をやった。整髪料の落ちた髪はさっきよりも更に長く見える。ビールに口を付けようとした茂の髪を何となくかき上げてみる。さらさらと乾いた手触り。 「伸びたな」 「うん」  頷いてから、茂が一口ビールを飲んだ。その横顔を見つめた後、高志はチューハイの缶を床に置き、茂の方に顔を寄せていった。 「――」  舌先にビールの味がする。それを絡めとるように何度も舌を合わせる。  約一か月ぶりのキスは、思ったよりも長く深くなった。口を離した時、高志は自分がはっきりと昂揚しているのを感じた。茂もビールの缶を床に置き、こちらに身を乗り出してくる。  しかし、近付いてきたその顔は横に逸れ、高志の肩口に収まった。茂の両手が背中に回る。同時に高志も茂を抱き締めた。 「……まだ冷たいな」 「え? ああ、悪い」 「ううん」  濡れた髪を気にせず、茂は更に頬を寄せてくる。 「……久し振り」 「うん」  茂が深く息を吸った。そのまま、二人ともしばらく無言だった。お互いの体温と鼓動をただ感じながら、今さら一か月ぶりの逢瀬をかみしめる。 「――もう寝る?」  茂が静かな声でそう言う。「うん」と高志も頷いて答えた。しかし更にしばらくの間、茂は体を起こそうとはしなかった。むしろ力を抜いて高志に体重をかけてくる。  そこになにがしかの訴えを感じた気がして、とりあえず、高志は茂の腰に手を回して持ち上げ、ベッドに持ち上げてみた。細いとはいえ、さすがに男一人の体は軽々しく持ち運べるものではない。バランスを崩して、向かい合ったままベッドに転がる。顔を見合わせると、くく、と面白そうに茂が笑った。 「何だよ、今日はやたら甘いじゃん」 「今日くらいはな」 「今日だけ?」 「だけじゃなくてもいい」 「じゃあ、またそのうち飯作ってくれる?」 「いいよ」  焼くだけのやつな、と言うと、笑いながら頷く。それから少しだけ声のトーンを落とし、「ありがとう」と言った。 「お前に飯作ってもらって、キスしてもらって、抱き締めてもらって……元気出た。また週明けから頑張る」 「なら良かった」  少しは役に立てたのだろうか。茂の彼女には及ばなくても。 「――お前はほんと、優しいよな」  しかしその茂の言葉に、高志はわずかに表情を硬くした。すぐに平静を装ったが、変化に気付いた茂が、笑みを消してこちらを見つめてくる。高志は視線を逸らし、それからゆっくりと起き上がった。 「何回も言ってるだろ。……俺は別に優しくない」  茂も体を起こす。こちらの様子をじっと窺っている。 「そう見える時もあるかもしれないけど、本当はそんな人間じゃない。お前だって知ってるだろ」 「知らないよ、そんなこと」  冷たくすら聞こえる声で、間髪入れず茂はそう言い放った。 ――言いたくない。かつて自分の持った悪意ある衝動を、茂にだけは知られたくない。  けれどもう、言わずにいられそうにない。
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