手を伸ばしたら、それに触れた

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「――ごめん。あの時」  高志は呟くようにそれを口にした。 「……さっき言ってた、二回目のこと?」  茂の静かな問いに、無言で頷く。それから視線だけを上げて、茂と目を合わせた。 「本当は、あの時どう感じてた?」 「……」 「俺が」  ぶちまけてしまいたかったのに、すぐに喉が詰まった。ああ――自分はまだ隠したいのだろうか。自分の汚い部分を、茂に対して。  結局その先を口にすることができず、高志は俯いた。  しばらくの沈黙ののち、ベッドが軽く沈み、やがて茂の膝が視界に入った。すぐそばから聞こえる、茂の穏やかな声音。 「あの時……お前が俺にむかついてたのは分かってたよ」 「……」 「でも、それは当然だから。お前はやりたくなかったのに、俺が無理強いしたんだから」 「それでも――」 「一回目は、俺に同情してくれてた。二回目は怒ってた。そんで三回目に……『もうやりたくない』って言われた」  かすかに呼吸が乱れる気配。思わず茂を見ると、眉根を寄せて、口だけで笑っていた。 「お前はやりたくなかったから、ちゃんと伝えてくれた、やりたくないって。そんで俺は……その時の方がずっと辛かった。お前に拒絶されて、何をしてももうどうしようもないって分かって、その時の方がずっと」  茂の声が震えた気がして、でも一瞬後に茂は顔を隠すように俯いた。長い前髪に隠れ、相変わらず形だけ口角を上げた口元だけが見える。 「……だから、本当に二回目は何とも思ってない。むしろ嬉しかった。そんで、こんな状態でもできるんだな、性欲強いのかなって思ったのも本当」  最後だけ無理に冗談めかして笑う。その光景を見ながら、同時に高志は思い出していた。辛かった、と茂が言った、あの日のことを。今のように俯いて、その感情を高志に見せまいとしていたことを。  気付けば、高志もまた本音をこぼしていた。 「お前が……優しくされたいって言ってたから」 「うん」  すん、と少しだけ鼻をすすってから、茂は顔を上げた。 「いつもしてくれてるだろ」 「でも、あの時はできなかったから」 「それで、今までずっと後悔してた?」 「……うん」 「そっか」  そこで茂は膝立ちになり、「馬鹿だな」と言いながら、高志の頭をそっと抱え込んだ。 「優しくない人間が、そんなことでずっと悩む訳ないだろ」 「……優しい人間は、初めからそんなことしない」 「お前は優しいのハードルが高すぎるんだよ」  高志はさらに反駁しようとしたが、言葉にならず、口を閉じた。自分が言いたいのは――それを茂に対してはしたくなかった、ということだ。他の人間が相手ならここまで引きずらないのかもしれない。一番したくない相手にしてしまった、その強い悔恨。  しばらく、茂の胸に顔を埋めてじっとしていた。  茂は何も言わずにそのまま抱き締めていてくれた。自分を包む茂の匂いと温かさを感じるともなく感じていると、やがて少しずつ気持ちが落ち着いてくる。  『あの瞬間』が辛かったと、茂は言った。それが嘘やごまかしではなくて本心であることは高志にも分かった。  そして、それなら今はもう、茂は辛い思いをしてはいない。  茂の腕の温もりから、優しさと同時に伝わってくるものがある。今こうしていることで、茂自身もまた満たされている、ということ。高志にはそれが分かる。その充足を高志もまた共有しているから。 ――今この瞬間、自分たちは満たされている。  自分のひどい振る舞いを『何とも思っていない』と言った茂の言葉が、今になって腹にすとんと落ちた。ずっと後悔と自己嫌悪に苛まれてきたのに、きっと本当にそうだったのだ、と今は思える。茂が求めているものは、あの当時も今もずっと変わっていない。そして今の高志はそれを差し出すことができているのだから。  高志が動く気配を感じて、茂の手が緩む。顔を上げると、高志の表情を見た茂が、淡く安堵の笑みをにじませた。高志はその後頭部に手を回し、引き寄せた。 「……納得した?」  数秒キスした後、茂が穏やかにそう聞いてくる。答える代わりに、もう一度唇を重ねた。  そして離すと同時に、低い声で誘う。 「――もう寝る?」 「うん」  表情を確認することもできない至近距離で、それでも声音で十分伝わってくる笑顔。そして高志の首にぎゅっと抱きついてくる。  高志はその背中に手を回し、それからゆっくりと体重をかけていった。
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