1

4/4
前へ
/24ページ
次へ
 大勢の生き物たちが一斉に顔を上げ、彼のいる木に向かって走ってくる。とっさに危険を感じ、彼は枝をたわませて飛んだ。だが慌てたので、隣の木に届かない。彼は地面に落ち、追いついた男の一人が手にしたものを振り下ろした。それはよくしなる長い竹の鞭だった。背中を打ち据えられ、皮膚が裂け、ひどい痛みが走る。彼は苦痛の叫びをあげた。 「子供を食ろたぞ!」「ぶち殺したれ!」「コトリを殺せ!」  大勢が口々に叫ぶ声が、周りを取り囲む。いくつもの竹や木の棒が、あらゆる方向から打ち付ける。その中には、木の棒の先に鉄がついたものもあった。ギリギリ顔をかすめて落ちたが、あんなもので打たれたら死んでしまう。  死ヌ、と彼は思った。それもまた、彼がそれまで知らなかった概念だった。  死に物狂いで、彼は走った。草薮に飛び込み、鋭い枝や棘が体を切り裂くのも構わずに逃げた。追ってくる声が聞こえなくなってもまだスピードを緩めず、彼は森の奥深くまで走り続けた。  それが人間という生き物で、森に住む猿や狸や猪とは違っており、場合によっては彼を殺すこともできるモノであることを、彼は学んだ。だが、学んだことはそれだけではなかった。  その他に彼が学んだのは、人間の子供はすこぶる美味いということ。  そして、自分はどうやらコトリというモノであるらしい、ということ。  それが、もっとも大事な学びだった。彼は自分が何者かを見つけたのだ。彼は満たされ、心は安らいだ。  こうして、彼はコトリになった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加