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頭の硬い連中の顔を思い出してロスが吐き捨てると、「はっきり言うな」と苦笑いしつつカエルムも否定はしない。
「城の方を穏便に済ませたいのも理由の一つだ。もう一つは、万が一にテハイザが絡んでいた場合、公にすると向こうにも気づかれて逃げられる可能性が高い」
「少人数で勘付かれないよう捕える、と? ならばわざわざ殿下でなくても代わりの者が」
「それはしたくない」
またも「はぁ?」とロスは聞き返しそうになったが、苦痛を滲ませたカエルムの顔に言葉を引っ込める。その様子を見れば、考えていることは分かった。
「テハイザが仕掛けるなら恐らくそれなりの手練れ、しかもある程度の数。潜入捜査には最悪命の危険が伴う。シレアの民を王族たる自分の代わりにそんな目に合わせるわけにはいかない」
続きを言わない主人に対し、責めるでもなく、懸念を見せるでもなく、淡々と述べる。
「ですか」
「シレアの者が傷つけられるのは嫌なんだ」
ロスの直視を受けても、カエルムは卓上に合わせた手を見たままである。
ロスにしてみれば、甘い、とは思う。国の上に立つ者がいなくなった時の混乱を考えても、国防団の一人が欠けるのと為政者が崩御するのとはわけが違う。人の命を秤にかけたくはないが、事実としてそうだ。その重圧に耐えられなくてはならない、とも。
だが、これがシレアの王族の気質である。そしてこの気質こそ、城の者たちや国防団、城下をはじめ民から愛される最たる理由の一つである。
「それで、側近の自分だけ連れて来た、と」
俯きがちで口を閉じていたカエルムは、そこで初めて面を上げた。
「私独りで対処するのは不可能だ。そこまで自惚れられるほどの実力は私にはないだろう。最悪の事態が起きる可能性を最小限にとどめてことに当たれる者が必要だった」
従者を見つめる蘇芳の双眸が宿す力は強い。
「私だけでなくロスの身を危険に晒すのは分かっている。事前に全てを話しておかなかったのは悪かった。それは謝る。ただ」
道行くときに見せていた朗らかさはない。混じり気なく真剣な中に、普段あまり見せることのない、思い詰めた感情が浮かんでいる。
「それだけの実力者で頼める者が他にはない。というより、ロスならば可能だろう、と思える」
わずかの迷いもなくそこまで述べると、カエルムは「危険に巻き込むのは本当にすまないと思うが」と謝罪を重ねた。
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