第6話 探査(二)

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 振り向く女性はもう仕方ない。ロスは諦めの境地に至り、黙って主人に従った。  *  辺境とはいえ旅人が往来する街である。昼過ぎともなれば繁華街は賑わい始め、石畳の道は飲食店を訪れる人々がひっきりなしに行き交う。外に並んだ客を呼ぶ店員の声や歓談に興じる笑い声で、朝には無かったざわめきが市街に満ちていく。  市街の中心近く、比較的客入りの多い店の隅に、周りの喧騒とは対照的に神妙な面持ちで地図を睨んでいる二人連れがあった。 「収穫なし、でしたね」  ロスは地図上に十字の印をつける。武具を扱う工房の一つだ。他にも二つ、同じ印が記された箇所があった。  カエルムは杯を取り上げ、地図を睨みながらそれを口に運ぶ。照明を受けた水の影が地図の上で揺れた。 「鋳造の委託や鋼の買取りもない、か」 「嘘をついているようでもなさそうでしたね」  新しい剣を売ってはいないか、鋳造に使う鋼は何かなど、三つの工房で探りを入れてみたが、どこも王都北の雪峰山脈から産出される鋼は扱ったことがないという。雪峰山脈の鋼は上質なだけに扱いが難しい。設備に乏しい辺境の工房が依頼を受ける機会はほぼ無いだろう。 「虚偽の可能性は無視できないが、本当ならば鋼はまだ買った個人の元に留まっているか、あるいは組織的に何か起こそうとするなら」  鋼の注文主名は複数あった。こうした地方都市では、遠方から送られる個人宛の大型郵送物の多くが集積所に預けられ、本人が引取りに来る仕組みになっている。偽名でも注文時の控えと照合できれば簡単に受け渡しできてしまう。 「別々の名前の注文主が実は同一人物か、注文者が結託しているかですね。この街の狭さなら住民の顔なんて覚えられていそうですけれど」 「住人が集荷所に取りに行ったところで、よそからの親戚や知人がその家に滞在していることにしてしまえばいい」  旅行者が滞在先に荷物を送り、宿貸ししている者が受取りに行くのは珍しくない。  本件が杞憂であればいいのだが、そう思える十分な情報もなしに帰ることもできない。次の一手をどうするか。二人は広げた地図を無為に見つめる。  すると、ふとカエルムが顔を上げた。その動きにロスが気づくと、高い声と共に隣の卓の椅子が小気味良い音を立てて引かれる。 「昨日、いつものお茶が切れて買いに行ったらね、すごいの見つけちゃって!」 「何それ? 輸入のお茶とか?」
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