第2話 微震(一)

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第2話 微震(一)

 関所を抜けてしばらく走り、市門が先に見えてきたあたりで二頭は速度を緩めた。ややもすると栃栗毛の方が前に進み出て、門の前で足を止める。明るさを抑えた臙脂色の羽織を空に遊ばせて馬上の男性が軽々と降り、手綱を引いて門の方へ踏み出した。 「ちょっと殿下」  男性は足を止めて振り返った。平均よりやや高い身長か。細身ながら適度に鍛えられた身体つきは服の上からでもわかり、すらりと伸びた四肢と均整を取っている。腰に佩いた剣が飾り物でないことは、注意力のある者ならわかるはずだ。  だが彼が(まと)う雰囲気に気を取られていたら、気づくだろうか。 「どうかしたか」  男性は騎乗したままの相方を見上げた。澄んだ声もそうだが、遠目から見てもわかる端正な顔立ちに、品性の高さと温厚そうな気風が表れている。それでいて晩秋の木々の葉を思わせる濃い蘇芳色の瞳をしかと見れば、芯の強さが窺い知れよう。そしていま、その瞳は露ほども含むところのない疑問を表している。 「ロス、降りないのか」  重ねて問いを投げかけられた方もまた、男性にやや勝ると思われる高身長で、こちらも帯剣している。少し癖のある髪の毛がもう一人とは対照的だ。馬から降りた男性ほどの美男とまではいかないが、理知的で人の良さそうな面立ちではある。  しかしながら今は主が向けた眼差しを半眼で受け、笑いとも怒りともつかない微妙な形に口を曲げているのだが。 「あと五回くらいお尋ねしたいんですけどね」 「一回じゃ足りないのか」 「失礼、正確に申し上げます。あと十回くらい確認させていただきたいのですが」 「増えてないか」  殿下、と呼ぶ相手にかける言葉としてはどうも不相応に聞こえるが、言われた当の本人は全く気に留めていないようだ。ただ顔に浮かべた疑問を先ほどより若干強め、少し首を傾げただけである。その様子に、ロスと呼ばれた従者はさらに嫌そうに顔を歪める。 「本当にシレア国の第一子第一王子カエルム様ともあろう方がこんな辺境の街のいざこざを大勢いた視察団も連れずにわざわざ御自(おんみずか)ら解決する気ですか」  ロスは全く抑揚なくそこまで一息で言うと、頭痛がする、とでも言いたげに人差し指を自分の額に当てた。  ただ従者にとっては恐らく残念なことに、その仕草を見てもなおカエルムの落ち着き払った態度は微塵も変わらない。「なんだその事か」とロスを見上げていた顔に柔和な微笑みを浮かべる。 「その件ならもうここに来る前に話しただろう? それに出立前にも話はしていたから了承していると思ったのだが」  まさか問われると思っていなかった、という調子に対し、ロスの語気がついに荒くなった。 「聞くのと実際に行動に移すのとはわけが違うでしょうが! 今回の話のどこをどう取ったらこうなるのか、ことのはじめから考えたうえでそういうことを仰ってくださいますかね!?」 「と言われても……すでにした説明をもう一度するしかないのだが」  カエルムは穏やかさを崩さず、困ったように微笑を返す。  話は二人がここへ来る数日前に遡る。
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