第3話 微震(二)

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「どうも以前に増して物資の注文が一部で増えているらしいの。それもシレアの特産ばかりだというから」 「物は」 「そこまで詳しいことは……でも鋼があるというのは不安要素だと思うの」  言い澱むと、アウロラは落ち着かないのか揃えていた脚を組む。カエルムは帳面に書きつけようとしていた手を止めた。 「鋼、か。案じる理由は十分だな」  蘇芳の瞳が鋭く光る。アウロラの顔に不安が浮かんだ。群衆や臣下の前であれば、王女たる者、内心の動揺を表すべきではない。だが兄と二人のせいか感情が正直に顔に出ている。無理もない。隣国に接する地理的位置と重なれば、鋼の仕入れから自然と連想されてしまうのは、剣である。  シレアは古来より絶対中立を守り、他国の争いごとには関与しない姿勢を貫いてきた。しかし自ら火種を撒かないとはいえ、国防軍の実力は高く国の守護に手落ちはない。国際会議に参する国々から眠れる獅子と恐れられる所以はあるのだ。  しかしそうはいうものの、肥沃な土地に恵まれ交通の要所として地理的にも有利なシレアを羨み、隙がないかと機を窺っている様子が見え隠れするも確かである。その筆頭がシレアの南に広がる大国、テハイザである。  かつてテハイザはシレアと固い友誼を結んでいたというが、それももう伝説のごとき昔ばなしになってしまった。記録で見る両国の関係は常に緊張状態であり、特に先代のテハイザ王の政策には、軍事強化をはじめとしてシレアに対する威嚇めいたものもあった。  兄が黙考したので自分の懸念が確信に近づいたのだろう。沈黙を避けるようにアウロラが口を開いた。 「場所が場所でしょう。それにこんな時だし」 「ああ。時期的には考えものだな。母上が政権をとってからというあたり」  テハイザでは先頃に先王が崩御し新王が即位したが、この新王は先代に増して好戦的との噂がある。さらにシレアの方もあまり時を違えず、カエルムとアウロラの父である国王が逝去、現在は二人の母の王妃が国を統率している。テハイザ先代の動きを抑えていた父王の政治力が無くなった現在、テハイザ側としては障壁が薄くなったと見えるのであろう。王妃の実力もさることながら、カエルムが実務に加わることで先代に引けを取らない良政が敷かれているとはいえ、国外から見れば先王時代の安定した防護とは比較にならない、といったところだろうか。
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