111人が本棚に入れています
本棚に追加
3.
「征太郎」
授業の間の休み時間、廊下の壁にもたれると横に立つ征太郎に身体を寄せる。
できるだけ征太郎の気を引き、身体を触れ合わせる。二人きりならもうちょっと大胆に甘えられるけど、子どもの頃から厳しく甘えられてきたから人目があるところでは二の足を踏んでしまう。だけど征太郎が近くにいると甘えたくなるから精一杯アピールをする。
それに何より、征太郎といると安心できる。年中長袖を身に纏い、手袋をつけているくらいの潔癖ではあるが、征太郎に触れられるのは嬉しい。好きな人だから当然ドキドキするけど、莉央や他の生徒会メンバーとはまた違った癒しがある。
お互い、いつ呼び出されるかわからない身。私たちが恋人同士であることは学園中に知られているから二人でいるときは本当の緊急時以外声をかけられないが、一緒にいられるのなら一分でも一秒でも長くいたい。
「今日のお昼ご飯はどこで食べる予定ですか?」
「うーん、どうしようかなあ」
「よかったら私の部屋で食べませんか? 実は誘おうと思って準備していて……」
「今日は何も予定入っていないし、お呼ばれしようかな」
久しぶりに征太郎とお昼を一緒に食べられる。実は朝からずっといつ言い出そうか迷っていたから約束できたのがとっても嬉しい。一人で安堵しながら指を絡めるように手をつなぐと、高揚感が手伝ってくれて征太郎の肩に頬を乗せる。
征太郎、大好き。もっともっと一緒にいたい。
「絢人!」
張りつめていた気を緩め、征太郎への気持ちを膨らませていると遠くから大声で名前を呼ばれる。
「ああ、あれが……」
頭の上から聞こえてきた征太郎の硬い声におそるおそる顔を上げてみる。そして自分の名前が呼ばれたほうへと目をやってみれば、満面の笑みを浮かべた転校生がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
転校生とは、数日前に校内案内をして以来会っていない。けれど、転校生の噂は風に乗って勝手に耳に入ってくるから必然的に名前はよく聞いている。
転校生は私と会った翌日からその奔放な性格をいかんなく発揮しているようで、噂の印象では好きな人には熱狂的に好かれているし、嫌っている人にはとことこ嫌われるという両極端な評価を下されている。
生徒会のほうにも主に迷惑をかけられた人たちから色々と話が来ているが、転校生が私に用なんてないと思うが……。
「忍がどこにいるか知ってる?」
そんなに大きくなくても聞こえるのですが。転校生は廊下に響くほどの大声で尋ねると、征太郎とつながっていないほうの腕を掴んで引っ張ってくる。まさか掴まれると思っていなかったから、勢いに負けて征太郎の手を離してしまった。
私を連れて行こうとしているのか。はたまた、パーソナルスペースが狭いのか。どちらにしても私にとっては不愉快でしかないが、廊下という人目が多い場所では無意識に取り繕ってしまう。
というか、転校生はいつ忍に会ったんだろう。忍からはそんな話聞いてない。
「君が噂の転校生ですか?」
「噂かどうかは知らないけど、最近転校してきたのはオレだよ」
あれやこれやと考えすぎて口を閉ざしたまま固まっていると、私の代わりに征太郎が転校生に声をかけてくれる。その返事としてやってきた無作法な声で我に返れば、征太郎が初対面の人に向ける微笑みを携えているのが視界に入った。
「君の噂は色々と聞いているよ。僕は風紀委員長の伊武征太郎です。以後お見知りおきを」
「おお、よろしく!」
征太郎が挨拶をして小さく頭を下げると、転校生は握手をしようと手を伸ばす。
もしも征太郎が転校生を好きになったらどうしよう。そもそも、こんな礼儀を知らない人間と関わらせてはいけない。征太郎に伸ばされた転校生の手を見て思考がぐちゃぐちゃになると、とっさに征太郎の前に出ていた。
「そ、そういえば、先ほど職員室に向かう忍を見かけましたよ」
心に引っ張られて何も考えずに身体を動かしたものだから頭が上手く働かない。それでもどうにかして転校生を征太郎から離したくて不自然に言葉をつないだ。
転校生は私が急に大きく身体を動かしたものだから征太郎に伸ばした手も私を掴んでいた手も両方引っこめる。その挙動に安心して息を吐き出せば、腕が解放されたのもあって幾分か緊張が抜けた。
「そうなのか、ありがとう!」
やっぱり敬語は使わないんだ。冷静さを取り戻してくると、少しずつ落ち着いて状況が見られるようになってくる。
私としては別に転校生が敬語を使っても使わなくても損害がないから構わない。そう思うけど、理事長がなんとか敬語を話させようと叱っている姿を知っているからつい気になってしまう。
「絢人も一緒に行くか?」
「私は征太郎と話している途中なので止めておきます」
「そう、わかった」
私も征太郎に倣って微笑みを顔にくっつけながら誘いを辞退すれば、転校生はあっさりと受け入れてくれる。それにさらに口角を上げれば、背中に隠していたはずの征太郎が一歩前に出て私と肩を並べる。
「じゃあな!」
「ええ、さようなら」
駆け出しながら子どものように大きく手を振って別れを告げる転校生に返事をすれば、廊下なのも気にせずに全速力で去っていった。
……やっと行ってくれた。遠くなっていく転校生の背中に肩を下ろすもまだ安心はできないと完全に見えなくなるまで見送る。そうしてやっと転校生が来る前の景色に戻ると、こちらに向けられる視線の数々に気づいた。
やっぱり注目の的になっていたか。今更ながらに気づいた辺りの様子をどうにかしようと微笑み直して大丈夫と伝えると、心配や怪訝な表情を浮かべていた同級生たちが温和な顔になって日常へと帰っていく。
「絢人」
みんなの関心が外れたことでやっとホッと胸を撫で下ろすと、突然名前を呼ばれる。
落ち着きがあるも何か含みを持った征太郎の低い声。その声が鼓膜を揺らした瞬間、私の身体は反射的に背筋にぞくっと痺れを走らせると両肩を飛び跳ねさせる。
「僕を守ろうとしてくれたんだよね。ありがとう」
征太郎はそう言いながら私の腰を優しく抱く。顔は見てないが、作り物の微笑みとは違って楽しそうに笑っているのが声だけでわかる。私はさっきの声の余韻もあって身体を小さく縮ませると、そっと征太郎に身を寄せた。
「そういえば、この前も転校生に触らせていたよね」
わざと顔を寄せて話すから征太郎の唇が私の耳朶を掠め、吐息が耳をくすぐる。その小さな刺激一つひとつに反応してしまい、身体を跳ねさせないように抑えるので精一杯になる。
確かに征太郎の言う通り、校内案内のときに転校生に触られた。でもそれは、私の制服についた汚れを転校生が払っただけのこと。すぐに距離を取ったし、それからは触られないようにと気をつけた。
「呼び捨てにもさせているんだね」
「それは……誰にでもしてる、みたいで」
「ふーん」
これはやってしまった。
なんとか良い言い訳はないかと考えてみるも、征太郎の腕の中では上手く考えられない。こうなってしまったら、私は征太郎の従う以外の行動はとれない。だからせめて熱くなった頬を隠すと俯くと、ぐっと腰を引き寄せられる。
「お仕置きが必要みたいだね」
身体に刻みこまれた記憶を思い出させるかのように優しく腰を撫でられると、首筋に征太郎の唇が触れる。
「……っ、はい」
お仕置き、されてしまう。
本来なら嫌な言葉なはずなのにすっかり教えこまれた私の身体は勝手にお腹の奥を疼かせ、早くお仕置きをされたいと征太郎を求めてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!