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「じゃんけんポン」 荘厳な内装をした生徒会室に似合わない楽しげなかけ声。それに合わせ、右手を前へと差し出す。 今決めているのは、突如生徒会に舞いこんできた転校生の校内案内。そんなの生徒会ではなくて転校生が入るクラスの学級委員に任せればいいじゃないかと抗議したかったが、理事長に直々にお願いされてしまっては黙って受け入れるしかなかった。 円を描くように並んだ大小さまざまな五つの手。私以外の四つの手は見事にパーを出していて、白い手袋に包まれた自分の握り拳を苦々しく見つめる。 「まあ、妥当なところでしょ」 一瞬の沈黙、全員が一斉に勝敗を確かめると会計の柊悠雅が口火を切った。 悠雅は相変わらず上から三番目までシャツのボタンを外し、ネクタイを申し訳程度に巻いている。だから首元が大胆に空いていて、その隙間からキスマークがいくつも見える。いや、これはわざと見せつけているんだろうなあ。 生徒会のメンバーとしてはこのだらしない姿を注意したいけど、今の彼氏と付き合うようになってからは大勢いたセフレと関係を断った代わりに奇行が目立つようになってきたから言葉を選ばないといけない。なんだっけ。確かヤンデレ? みたいなことを誰かが言っていたような……。 悠雅は腰に手を当てながら歩いていくと、自分の席に腰を下ろすのとほぼ同時に胸ポケットからスマホを取り出す。あの顔は彼氏にメッセージを送っているのだろう。ああなると完全に自分の世界に入っているから放っておくしかない。 「香月センパーイ」 「お願いしまーす」 そんなことを考えていると、あからさまに面白がっている二つの声が正面から聞こえてくる。だから呼ばれたほうへと顔を向ければ、ニヤニヤと効果音がつきそうな笑みを浮かべた庶務の双子、一色彩葉と日彩が立っていた。 最近、生徒会長であり私の幼馴染でもある御宮司忍に感化されたのか、悪いところが似てきた気がする。とはいえ今回二人はわざわざ部活を抜け出して来てもらったわけだし、なんだかんだ可愛い後輩だから甘やかしてしまう。 「はい、お願いされました」 私の反応を待つ二人へ両手を伸ばすと、髪をくしゃくしゃに混ぜるように頭を撫でる。一卵性で親でも見分けるのが難しいほど似ている二人だが、生徒会として一緒に活動していく内に違いが見えるようになってきた。 今もこうして頭を撫でると、彩葉は少し照れた様子で目を逸らす。それに対して日彩は嬉しそうに笑いながら私を見つめてくる。一つひとつは小さな違いだが、それを見つけるたびに二人と仲良くなった気がして良い気分になる。 このあと嫌なことが待っているとあって双子で細やかながらも現実逃避をすれば、いきなり後ろから抱きしめられた。 「あやくん……」 弱々しく呼ぶ声に双子の頭から手を離すと、顔だけ振り返ってみる。そうすれば、書記で忍と同じく幼馴染の相園莉央が私の背中に頬を押しつけながら真っ直ぐ私を見つめてくる。 莉央は私より二十センチほど小さいから、私を見ようとすると自然と上目遣いになる。その両目はうっすらと涙の膜で覆われていて、まんまるの瞳が宝石のようにキラキラと輝いている。 「莉央、どうしたんですか?」 思っていなかった反応に思わずそう尋ねると、緩んだ莉央の腕の中でくるりと身体を回して莉央と向き合う。 何か不安なことでもあったのだろうか? よくわからないが、とりあえず人より怖がりで自分の意見を発するのが苦手な莉央が頑張って何かを伝えようとしている。それはわかるから莉央のその気持ちを受け止めて微笑みかけると、少しでも安心して話し出せるようにと莉央の背中を優しく撫でる。 「あ、あやくんが行きたくないなら、ボクが代わりに……」 何度か背中の上で手が往復したところで莉央のピンク色の唇が小さく開くと、今にも消えてしまいそうな声で想像していなかった優しい提案が出される。 極度の人見知りで緊張しいが故に心を許した人がそばにいないと固まってしまう莉央が私のために初対面の転校生の案内を変わろうとしてくれるなんて……。その気持ちだけで十分ってくらいに嬉しくて、今度は私が莉央を強く抱き寄せてしまう。 「莉央は本当に優しい子ですね」 与えられた優しさを噛みしめるように呟くと、改めて腕の中にいる莉央の存在を確かめる。 「私は大丈夫ですよ。ありがとうございます」 ただでさえ莉央といると口元が緩んでしまうのにますます緩ませると、ふわふわと柔らかな莉央の髪を梳くように撫でる。そうするともっと撫でてと私の手に頭をすり寄せてくるからここぞとばかりに可愛がる。 莉央とは物心ついたときから一緒にいるけど、そばにいると甘やかしたくなる。 「絢人、さっさと行ってこい」 うんざりすることは全て忘れて莉央を可愛がることに集中していると、それを邪魔するように忍が命令してくる。同じ幼馴染でも、忍と莉央では愛らしさに雲泥の差がある。 「はあ、それが幼馴染に対する態度ですか」 「いつもちゃんと可愛がってやってるだろ。お前の好きな仕事をたくさんやって」 「本当にあなたって人は……」 忍の荒々しい口調をぶつけられて渋々莉央から身体を離すと、偉そうに座る忍を睨みつける。でも、私に睨まれるなんて慣れ切っているからビクともしない。なんだったら、私に向けてシッシと虫を追い払うように手を振って反撃してくる。 「私が転校生を案内している間にその書類を終わらせておいてくださいね」 「はいはい、わかってるよ」 忍に忠告すると、「うるさい副会長様ですねえ」と文句を言いながらも書類をつくり始める。 私もさっさと転校生の案内をして仕事のつづきをするか。忍に言った手前、私も重い腰を上げることを決意すると、莉央の両肩に手を置く。 「莉央は今日やらないといけない仕事はないので帰ってもいいですよ」 「……ボク、あやくんの代わりにしのくん見張ってる!」 「忍を見張ってくれますか。でも、早乙女はいいんですか?」 莉央と言葉を交わす内にそういえばと思い出し、首を左右に振って眼鏡をかけた男の姿を探す。 この生徒会室は原則、役員以外の入室を認めていないが、全役員が承認した人間は特例として入室を許可している。その数少ない人間の一人に莉央の親衛隊隊長であり彼氏でもある早乙女楓真がいるのだが、莉央のこと以外眼中にないあの男が何も言ってこないと思ったら姿が見えない。 「ふうくんは今、お家の人とお話中なの」 「そうだったんですね。では、早乙女が来るまででいいので忍の見張りをお願いします」 「はーい!」 「莉央! 俺の隣来い」 私たちの会話を聞いていたのか、忍が揚々と莉央を呼ぶ。私もだが、忍も莉央に甘い。 「あやくん、頑張ってね」 「はい、できるだけ早く帰ってきますね」 名残惜しさから最後にもう一度莉央の頭を撫でると、莉央はとことこと忍の元へと歩いていく。そうして忍の元へと辿り着くと、いつの間にか忍の隣に置かれた椅子にちょこんと腰を下ろした。 忍なら莉央も安心して話せるし、忍は昔から莉央の前では特別格好つけるところがあるから早く仕事を終わらせるだろう。莉央に声をかける忍に安堵すると、生徒会室に出て行こうとする双子の姿が目に入った。 「彩葉と日彩も部活頑張ってくださいね」 「はーい、頑張りまーす」 双子は部活が楽しみでしょうがないのか、二人とも満面の笑みを浮かべながら返事をする。生意気だけど、こういうところは素直なんだよなあ。 「いってらっしゃい」 「いってきまーす」 双子につられて明るく送り出すと、二人とも楽しげに駆けていった。 二人の少しばらついた足音が遠ざかっていく。あとは悠雅だけだと振り向けば、彼氏とのやりとりに区切りがついたのか、退屈そうに肘をつきながら書類をまとめている。 「悠雅も終わったら帰っていいですからね。書類は私の机の上に置いておいてください」 悠雅に声をかけると、ひらひらと手を振ってくれる。だからそれに応えるように小さく手を振り返すと、双子が開けっ放しにしていった扉のほうへと歩いていった。 それでは私も一仕事してきますか。 「いってきます」 「いってらっしゃーい」 生徒会室に残っている三人に向かって言えば、莉央が元気よく送り出してくれ、悠雅も忍も手を上げて応えてくれる。今から行く先のことを思うと憂鬱になりそうだけどなんとか頑張れそうだ。 そうして生徒会室を出て行くと、閉めた扉に背中を向けて息を吐き出す。 まずは理事長室に行って転校生と合流しないと。気持ちを正して背筋を伸ばすと、日の当たる廊下を歩き始めた。 抱かれたい、抱きたいランキングの上位だからなんていう不純な理由で生徒会役員に選ばれたが、なんやかんや上手くやっていると思う。
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