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花祭り
花祭りの日、カールさんとお店の前で待ち合わせをして一緒に花農園へと向かう。
商店街を抜け、一般住宅街を通りすぎると農園が見えてくる。
お祭りということだけあって、露店や催し物もあり、人がたくさん集まっていた。けれど私はやっぱり農園いっぱいに広がるお花畑に惹かれる。
「今日はこの農園で育てている花だけでなくて、国外から取り寄せた植物も見れますよ」
「そうなのですね。楽しみです」
カールさんは農園を案内しながら様々な植物の特徴や性質などを説明してくれた。さすがお花屋さんだ。とても詳しい。
見たことのない植物もあり、書き留めたい衝動に駆られるが、今日はメモは取らないと決めている。
カールさんの話を聞きながらたくさんの綺麗な花や草木を目に焼き付けた。
「あ、セレーナさんちょっと待っててください」
そう言ってカールさんは露店の所へ行くと小さなキラキラとした瓶を買って戻ってきた。
「バラのシロップ漬けです。食べてみてください」
「とても綺麗ですね、いただきます」
私は花びらを一枚つまんでそっと口に入れる。
「ん、おいしい」
バラ特有の香りと酸味、シロップの甘さのバランスがちょうどよく爽やかな味だ。
「よかった、俺も好きなんです。このシロップ。これ持って帰ってくださいね」
「ありがとうございます」
私はカールさんから可愛らしいバラのシロップ漬けの瓶を受け取る。
帰ったら、お茶に入れて飲んでもいいなと思いながらその後もゆっくり農園を見て回った。
カールさんは程よい距離感で歩きながらお花の知識をたくさん教えてくれる。
見て、聞いて、とても充実した楽しい時間だった。
しばらく歩いているとだんだんと雲行きが怪しくなり、そうこうしている間に雨がポツポツと降りだす。
「セレーナさん、雨が強くなる前に帰りましょう」
「そうですね」
私たちは花農園を出て足早に歩いていく。だが、商店街に入った辺りで雨は一段と激しくなる。
「早くお店に!」
カールさんに手を引かれ急いで花屋に駆け込んだが、かなり濡れてしまった。
「まあ! 大変、びしょびしょじゃない」
お店にいたカールさんのお母様が慌ててタオルを持ってきてくれたが服の奥まで染み込んだ雨はどうにもならないくらい濡れている。
「セレーナさん、こっちに来て」
「はい」
お母様に促されお店の奥にある部屋へと入る。
お母様は「ちょっとここで待ってて」と言うと二階の自宅に上がり、薄いピンク色のワンピースを持ってきた。
「そんな格好じゃ風邪ひくし、これに着替えて」
「ですが、こんな綺麗なワンピース……」
「いいのいいの。若い頃に着てたものでもう着てないから。お店の方で待ってるから着替えたら戻ってらっしゃいね」
お母様はワンピースを私に渡してお店へと戻って行った。
手渡さたワンピースを広げてみると、襟元が大きく開いたオープンショルダーのデザインだった。
「これは……」
いつもは襟のつまった地味な服を着ていて見えることはないが、このワンピースでは胸元の傷痕が見えてしまう。
いや、だいぶ開いてはいるけれど意外と鎖骨くらいまでかもしれない。着てみてダメなら濡れた服のまま帰ろうと、とりあえず着替えてみた。
「…………」
これはだめだ。考えが甘かった。胸元からV字に開いた襟は傷痕を強調しているし、肩の傷痕もちらりと見えている。
仕方ない、やっぱり自分の服で帰ろう。そう思いまた着替えようとした時、部屋のドアが開いた。
「セレーナさん、随分遅いけど大丈夫?」
ドアを開けたカールさんと目が合う。そしてカールさんの目線は私の胸元に移った。
「うゎっ」
それはとても驚いたような、醜いものを見るような表情で私は急いで濡れた服で胸元を隠すとカールさんの横を通りすぎ一目散にお店を飛び出す。
お店を出る時、お母様に名前を呼ばれたが振り返ることはしなかった。
涙が出ていると思う。雨に打たれ冷えきった体のなかで目頭だけが熱い。
一日楽しい時間を過ごしていたのに。カールさんはずっと笑顔を向けてくれていたのに、一瞬で全てがなかったかのように思えた。
あからさまにあんな表情を向けられたことは今までない。
そもそも家族以外に見られたのはウィリアム様が初めてだった。
あの時のウィリアム様の優しさが、自分の弱さが余計に涙を溢れさせる。
私は雨に打たれながらゆっくりと屋敷へと帰る。
屋敷につく頃には雨と一緒に涙も流れきっているといい。
「バカみたい。お友達も満足につくれないなんて」
帰り道、少し冷静になってきた私はお母様のワンピースはちゃんと返しにいかないとな、カールさんがいない時がいいな、なんて考えながら歩いていた。
屋敷につく頃には雨は止んでいた。
涙も渇き、泣いていたとは気付かれないだろう。だが、雨に打たれていたためか体が冷えて寒気がする。少し頭も痛い。
私はぼんやりする意識でなんとか屋敷の玄関を開けるとリビングには行かずにそのまま自室へ行こうと階段を上る。
その時、頭がズキンと痛み体がふらつく。
「危ないっ」
アレン様の声が聞こえると小さな光が視界の隅にうつり、そしてもふもふの温かいものに包まれる。
「アレン様……すみません……」
オオカミ姿のアレン様の背に倒れこんでいた。
「間に合ってよかった。びっくりしたよ。それよりセレーナさんすごい熱だよ。この姿のボクよりも体温高いと思う」
アレン様は私を背中に乗せたままリビングのソファーの所へ運んでくれた。
さすがにこの状態で階段を上るのは危ないと思ったのだろう。
「兄さんたちはもう仕事に行ったんだ。デートはどうなったんだろうって心配してたよ」
「そうですか……デート以前にこんなことになってしまって……すみません」
「ううん。ボク、地下で何か温かいもの作ってくるから待ってて」
そう言ってアレン様は地下へと戻っていった。
私はソファーの上で横になり自身の体に目を向ける。
露になった胸元に濡れたワンピース、回らない頭で着替えなければと思うがもう動く気力がない。
私は重い瞼をゆっくり閉じ、そのまま眠りについた。
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