式典

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式典

「セレーナ様、おはようございます」  朝早くに屋敷にやってきたのはカレンさんだった。   「カレンさんおはようございます。ヴァイオレット様のご準備はよろしいのですか?」 「はい。ヴァイオレット様は他の侍女五人がかりで準備しておりますので」 「そうなのですね。お手数をお掛けしますがよろしくお願いします」  カレンさんが来た後、兄弟三人は先に王宮へ向かうと言って屋敷を出て行った。  私の準備が終わればカレンさんと一緒に送迎馬車に乗り王宮へ行くことになっている。  たくさんの荷物を持ったカレンさんを私の部屋に案内した。  部屋には昨日届けられたドレスが置いてある。 「素敵なドレスですね」 「はい、本当に。こんな素敵なドレス私に着こなせるか不安ですが」 「それは私にお任せください」  カレンさんは私に手際よくドレスを着せてくれる。  コルセットは思ったよりも締められず安心した。 「サイズもぴったりですし、とても丁寧に仕立てられたドレスですね」 「そうですよね! とても良いお店なのだと思うのですが看板もないお店で」 「看板のないお店でしたらきっとあのお店ですね」 「知っているのですか?」 「ええ。貴族の中でも高位貴族しか注文を受け付けない高級洋装店ですよ」  私なんて高位貴族でもなければ家が没落したただの一般民なのに。そんな私がこんなドレスを着てもいいのだろうか。 「セレーナ様、そんな顔しないでください。このドレスは皆さんのセレーナ様への気持ちですよ。堂々と着てください」  私への気持ち。そうか、私が暗い顔をしていればこのドレスを送ってくれた皆の気持ちを台無しにすることになるんだ。 「カレンさん、ありがとうございます」 「いえ。さあ、次は髪を結っていきますよ。座って下さい」 「はい」  カレンさんは慣れた手つきで私の髪を両サイドから編み込み、トップには毛たぼを入れボリュームを出す。  残った髪はまとめて編み込みコームを挿して固定する。  そしてあっという間にアップスタイルが出来上がった。 「カレンさん、すごいです! ありがとうございます」 「これで終わりではありませんよ」  カレンさんは鞄から大きなポーチを取り出すとたくさんの種類の筆やメイク道具を並べる。 「お顔失礼しますね」  前髪を緩く留め、タオルを首回りにかけると私の顔にメイクを施していく。  メイクなんて初めてだ。どんどん違う自分になっていくことにドキドキしていた。 「できました」  カレンさんが前髪を留めていたピンを外し少し整えると満足そうに笑う。 「セレーナ様、とてもお綺麗です」  姿見の前に立ち、自分の姿を見るが今鏡に映っているは本当に私なのかわからなくなるくらい別人のようだった。 「す、すごいです」 「皆さんきっとびっくりしますね」 「なんだか別人過ぎて騙しているような気もしますが……」 「何を言っているのですか。少し着飾っただけでこんなに綺麗になるなんて元がいいからですよ。セレーナ様はもっと自信を持ってください」 「そうですね。カレンさん、本当にありがとうございます」  カレンさんのおかげで自分でもびっくりするほど綺麗だと思える。この素敵なドレスに似合う自分になれたことが嬉しかった。  最後に昨日買ってもらったイヤリングをつけると、既に屋敷の前に待っていた馬車に乗り込みカレンさんと王宮へ向かう。 「セレーナ様、王宮へ着かれましたら私は式典の準備がございます。コードウェル家の皆さんもお席が違いますので一緒にはいられませんが、関係者席にはエタンセルのマスターがいらっしゃいますのでご一緒に式典をご覧下さい」 「はい」  カレンさんは不安そうにしていた私に式典でのことを説明してくれる。  王宮に着いたら式典が行われる大広間でマスターを探そう。  王宮へ着くと大勢の貴族たちが集まっていた。王宮もいつも以上に花や装飾品で飾りたてられ、三ヶ月間通い慣れた場所が全く違う場所に思えてくる。 「セレーナ様、それでは私はここで」 「はい。ありがとうございました」  大広間の前まで着いて来てくれたカレンさんにお礼を言い、マスターを探す。関係者席は壇上に向かって左の手前だと言っていた。  後ろの方は貴族たちが自由に出入りできる席で人が溢れている。  私は大勢の貴族たちの間をかき分けながら進んで行く。関係者席までいくとだいぶ余裕のある空間に出た。 「マスターはどこだろう。まだ来ていないのかな」  一人キョロキョロしていると、後ろから控え目に肩を叩かれる。 「何かお困りですか?」  優しく声をかけてくれた男性は振り返った私を見てにこりと微笑むとそっと手を取り甲に口付けた。 「えっ?」 「はじめまして。セレーナさんですよね? 私フェリクス・コードウェルと申します」 「コードウェル?」  彼らと同じ姓だ。言われてみれば少し似ているような気もするが他に家族や兄弟がいるとは聞いていない。  もっとも、ヴァイオレット様のことも聞いていなかったが。 「私はコードウェル家の分家に当たる血筋なのですよ。あなたのよく知る彼らとは従兄弟に当たります」 「そうでしたか。はじめましてセレーナと申します。なぜ私のことを?」 「コードウェル家の情報網を甘くみてはいけませんよ」  確かに彼らも情報収集や諜報を仕事としているため分家のフェリクス様が同じように情報を持っていてもおかしくはない。それでも一目見てコードウェル家にお世話になっている人間が私だと分かるなんて。 「なんでもご存知なのですね」 「ええ。これからセレーナさんともお近づきになりたいと思っていますのでよろしくお願いしますね」 「はい」  フェリクス様から手を差し出され握り返そうとした時、マスターの声が聞こえた。 「セレーナさん」 「あ、マスター」 「今の方は……」  マスターの視線の先には既に去ってしまったフェリクス様の後ろ姿があった。一瞬のうちにいなくなってしまったフェリクス様を見ながら握り返そうとしていた手を下ろす。 「コードウェルの分家の方だそうです」 「うん。知っているよ。彼は何か言っていましたか?」 「えっと、自己紹介をしただけで特には」 「そうですか。本家と分家はね、あまり仲が良くないんです。もしなにかあったらすぐにウィリアム様たちに言ってくださいね」  マスターは詳しくは言わなかったがひどく心配そうにしていた。  その後、式典が始まり私はマスターと並んで席についた。  王族が次々に壇上に並ぶ。玉座に座る国王陛下の横に皇后陛下その横に皇太子とヴァイオレット様が並ぶ。 「セレーナさん、とても素敵なドレスになりましたね」 「ありがとうございます」  一昨日ドレスを来ただけの姿とは違い、髪も綺麗に纏められ、華やかに化粧もしたヴァイオレット様は本当に美しい。  あのドレスの刺繍を私がしたなんてなんだか自分が誇らしく思える。  そんなヴァイオレット様に見惚れている私に「セレーナさんも綺麗ですよ」とマスターが言うのでなんだか照れくさくさかった。  ウィリアム様たちは王族席の端で並んで座っている。初めて見る正装と真剣な顔に彼らもまたいつもとは違う人たちなのではないかと感じた。  式典は国王のお言葉から始まり粛々と執り行われ私は終始緊張したまま過ごした。 「セレーナさん、この後のパレードは見に行かれるのですか?」 「いえ、この後はウィリアム様たちと合流して屋敷へ帰る予定です」  儀装馬車に乗ってパレードをするのは王族でも国王の三等親までらしくウィリアム様たちは参加しない。  式典が終われば帰ると言っていたので、一緒に帰ることになっている。 「そうですか。私はお店へ帰るついでに見ていこうと思っています」 「楽しんで来て下さい」  マスターと大広間の前で別れ私はウィリアム様たちを待った。
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