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心配
私は帰ったあと三人にエタンセルでの様子を話し、暫くは屋敷で作業することになったと伝えた。
何か困ったことや面倒なことがなかったかとひどく心配されたので、これ以上は心配させないように帰りにひったくりにあったことは言わなかった。
怪我もしていないし、鞄も無事だ。カールさんとのこともあえて言わなくてもいいだろうと。
だが、そんな考えは甘かったと次の日の朝思い知った。
「セレーナ、どうして昨日のこと言わなかったの?」
「えっ?」
夜の仕事を終え帰って来たウィリアム様は朝食を食べ終えリビングで作業していた私のところへやって来くるとドカッとソファーに腰を下ろした。
「僕たちの情報網を甘くみたらだめだよ」
「はい……」
昨日のこととはひったくりにあったことだろう。きっと街の人たちから自警団に引き渡されたはず。そこからの情報がきっとウィリアム様の耳に入ったのだ。
「すみません。なんともありませんでしたし無駄に心配かけるのも申し訳ないと思いまして」
「セレーナを心配することは無駄なことなんかじゃないよ」
眉尻を下げ、私の顔を覗き込むその表情は心から私を心配しているようだった。どうしてそんなに私を気にかけてくれるのだろう。家族だって言ったって私はただの居候なのに。やっぱり他に何か理由があるのだろうか。
そしてフェリクス様が言っていた、私を側に置く理由が心の奥につかえている。
「なぜ、そんなに私のことを気にかけてくださるのですか?」
「それはセレーナのことが大切だからだよ」
「なぜ、大切なのですか?」
『大切だから』その返事に私の知りたい答えはなく思わず聞いてしまった。聞かなくてもよかったのかもしれない。聞かない方がよかったかもしれない。でも聞かずにはいられなかった。
「なぜ、私をここに置いて大切にしてくださるのですか?!」
少し語尾が強くなってしまった。ウィリアム様は驚いている。
それもそうか。私はこんなに感情的に何かを問い詰めるようなことは今までしたことはなかった。
ウィリアム様は一度小さく息を吐き私の顔を真剣に見つめる。
「セレーナのことが好きだからって言ったら、困らせるかな?」
「え……」
思っていた答えとはと違っていた。いや、私の中でフェリクス様の言っていた獣の血を残すためという答え以外想像していなかったのかもしれない。
でもよく考えると子を作るためにはまず私を惚れさせないといけないのか。だから好きだなんて……
いけない。卑屈な考えばかりが頭に浮かぶ。
「ごめんね。やっぱり困るよね。でも、セレーナが好きだから大切にしたいし、側にいてほしい。僕はそれ以上は何も望まないよ」
まるで私の心の内を分かっているようだった。何も望まないと言ったウィリアム様はひどく不安そうだが本当に私のことがただ好きなんだと言っているようで純粋に嬉しかった。
その嬉しさの中に戸惑いがあることも自覚している。
どんな時も私を大切にしてくれる。辛い時は側にいて私の欲しい言葉をくれる。その温かさが私をいつも安心させてくれていた。
でもウィリアム様の『好き』に私は何を返せばいいのだろうか。考えてもわからない私は『何も望まない』という言葉に甘えてしまうのだ。
「ありがとう、ございます」
「うん。だから心配くらいさせてね」
「はい」
「今回は何事もなくすんだけど今後なにがあるかわらないんだからね」
私の頭を優しくポンポンと撫でたウィリアム様は朝食を食べてくると行って地下へと下りて行った。
たぶんその後は睡眠もとるだろう。私は久しぶりに昼間に屋敷で作業することになるけれど、またリビングでオオカミ姿で休まないかな、なんて自分の都合の良いことばかりを考えていた。
ーーーーーーーーーー
数日間、屋敷で注文を受けた商品を作成し、だいたいの商品が完成した。
明日、一度エタンセルへ持って行こうかな。行く時はウィリアム様たちに言ったほうがいいのだろうか。
考えながら作業しているとリビングにライアン様が入ってきて私の隣に座った。
「これ、セレーナのだろ」
そう言って渡されたのは私のハンカチだった。そういえばなくなっていた、白い生地にチューリップと蝶々を刺繍したハンカチ。
あの日、ひったくりにあった日に持っていたものだ。
「ひったくり犯が持ってたんだとよ。自警団から今日返ってきた」
鞄の中にあった、注文商品のための大事な材料と道具だけを確認して自分のハンカチは気にしていなかった。ひったくり犯が持っていたんだ。
「ありがとうございます」
「あの犯人、セレーナの作ったものが高く売れると思ってひったくったらしい」
「そうだったのですか」
「これから絶対に一人で外出するなよ」
「明日、一旦エタンセルへ完成した商品を持っていこうと思っていたのですが……」
「一緒に行く」
そう言ってくれると思っていた。危ないからついて行くと。分かっていて自分からついてきて欲しいと言えない私はずるい。
でも、さすがに前回のことがあり一人で出かけるのは怖い。
それに今回は出来上がった商品も持っていかなければいけない。
「いいのですか?」
「ああ。何かあっても絶対一人で行くなよ」
「わかりました」
絶対的な安心感があった。ここの人たちは私を一人にはしない。守ってくれる。そんな安心感が。
「いつも、ありがとうございます」
「当たりだ」
ライアン様はそう言って作業している私の横でオオカミ姿になり眠り始めた。
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