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決意
ーーコンコンコン
部屋のドアがノックされる音が聞こえる。行かなくちゃ。
そう思いながらもまだ夢と現実の間にいる私はベッドの上から動けない。
「うわっ!!」
「きゃあっ」
突然明るくなった視界とウィリアム様のひどく驚いた声に一気に目が覚めた。
「ご、ごめん」
ウィリアム様の手には昨日仕上げたカーテンが握られている。
「返事がないし姿も見えなし、いないのかと思って。勝手に入ってごめんね」
「いえ、こちらこそすみません」
この状況にここに来た日のことを思い出す。あの時私は家を飛び出し一人で自由に生きていくつもりでいた。
いつの間にかここでみんなと生活するのが当たり前になって一人で生きていくと考えるとこんなにも寂しくなる。
「セレーナ? どうしたの?」
私は無意識に涙を流していた。昨日、たくさん考えた。私はどうするべきなのか。どうしたいのか。でも明確な答えはでなかった。
だったらやってみるしかないのではないかと思った。
そう答えを出した時やはり思ったのは寂しい、だった。
それでも私は決めたのだ。
「あのウィリアム様、私王宮で働こうと思います」
「セレーナ……」
きっと私にとっても王宮での仕事はいい経験になるはず。何もかも諦めていた私が大きな可能性を手にいれることができる。
だから私はたくさんのことを学びたい。そう思った。
でも、やっぱり不安で寂しくてそして、どれだけ好きだったかを今さら自覚させられた。
考えないようにしていたこと。認めたくなかったこと。ここで暮らしていく上で気付いてはいけなかったこと。
ここを出て行くと決めたから認めることができる気持ち。
私は、ウィリアム様が好きだ。
でも、この気持ちを伝えることはしない。ウィリアム様は私を好きだと言ってくれたけど、私は伝えることができない。
気持ちを伝えた後のその先が私にはきっと抱えきれないものがあるから。
私は涙を拭い、出来るだけ笑顔でウィリアム様の目を見る。
「ウィリアム様からお返事していただくことは出来ますか?」
「うん、わかった。伝えておくよ」
「ありがとうございます」
ウィリアム様は私の涙には触れず持っていたカーテンをぎゅっと握りしめる。私はその震える拳に気付かない振りをした。
「カーテン、それで最後です」
「そうなんだね。ありがとう。掛けておくよ」
「はい」
ウィリアム様はカーテンを持って部屋を出ていった。
私は着替えて身支度を整える。
あと何日この部屋で朝を迎えるのだろう。たぶん、返事をしたらすぐにでも王宮に行くことになるはずだ。ここに来て少しずつ増えていた荷物も片付けていかないとな。
荷物と言っても裁縫の道具や糸、生地などがほとんどだが。
使わないものは片付けておこうと鞄を開けた。中には母からもらったウェディングベールが綺麗に畳まれた状態で入っている。
いつか私に使って欲しいと母がくれたもの。使うことはないだろうと思いながらも大切に持っていたベール。
このベールがあの家で唯一の私の心の支えだった。そしてこのベールがあの家を出るきっかけを作った。
きっとこれからも使うことはないと思う。けれどこれからも私の宝物だ。
『普通に恋をして、好きな人のお嫁さんになりたい』
前世でいつも思っていたこと。次こそは幸せになりたい。
普通に恋をすることも、好きな人のお嫁さんになることも叶わないかもしれない。それでも私は好きなことをして自分の力で生きていくことができる。それがどれだけ幸せなことなのかちゃんとわかっている。
「しっかりしなくちゃ」
ーーーーーーーーーー
ウィリアム様から話があったのはその日の夜の夕食の席だった。ライアン様とアレン様も揃っている。
私が王宮で働くことに決めたことは既に二人も知っているようだった。
「使用人部屋も空いてるしいつでも受け入れることが出来るって。明日からでも構わないそうだよ」
朝、王宮で働くことを伝えてその日のうちに返事がくるとは思っていなかった。でも出て行くなら早いほうがいい。
「今晩のうちに荷物をまとめておきますので明日ここを出ようと思います」
「そっか、寂しくなるね」
「セレーナさん、いつでも帰ってきていいからね。ご飯作って待ってるから」
「はい。ありがとうございます」
ライアン様は私に目を向けていたが何も言わなかった。
夕食の後、部屋へ戻り荷物をまとめる。といってもほとんど荷造りは終わっていた。
私はクローゼットを開け、淡いピンクのドレスを手に取る。
私にはもったいないほどの綺麗で上品なドレス。これは私の鞄には入らない。一人で着ることもできない。手に取ったドレスをもう一度クローゼットに掛け扉を閉じた。
ーーコンコンコン
「セレーナ、今少しいいか」
その時部屋のドアがノックされた。ライアン様だ。
ライアン様が私の部屋を訪ねてくるのは初めてだ。
「はい」
私はドアを開け、ライアン様を迎え入れる。
この部屋にソファーなどはないため私たちは並んでベッドに腰掛けた。
「セレーナ、昨日の話だけどさ」
「はい」
何のことですか、とは聞かない。昨日『私を側に置くのは獣の子を成すためですか』と切り出したのは私だ。
「姉上から聞いたのか?」
「いえ。ヴァイオレット様ではありません。フェリクス様という方から聞きました」
「ああ。フェリクスか。あいつと会ったんだ」
「黙っていてすみません」
「いや、いいんだ。言いにくいのは分かる。俺たちだってずっと
黙ってたんだ」
本家と分家は仲が悪いと言っていたけどライアン様からはフェリクス様に対する敵対心というものは感じなかった。
「はじめはあの姿を怖がらないセレーナなら受け入れてくれるんじゃないかと思ってここにいろって言った。それだけだった」
「はい」
「でも、いつの間にかそれだけじゃなくなった。セレーナと過ごす穏やかな時間を、撫でてくれる優しい手を守りたいと思うようになったんだ」
「ライアン様……」
「でもやぱっりこの血を残したいって気持ちもある」
ライアン様は正直だ。守りたいと言ったのも獣の血を残したいのも本心だろう。そんな思いの中で葛藤している。
そんなライアン様に私が出来ることは私の気持ちを伝えることだ。
「私はここに来てからたくさんライアン様に助けられ、守られてきました。癒されてきました。本当に感謝しています」
「ああ。俺もだ。ここを出て行ってもセレーナが大切なことは変わらない」
「私もです」
「何かあったらちゃんと呼べよ。直ぐ行くから」
「はい。ありがとうございます」
ライアン様は立ち上がり私の頭をポンッとすると部屋を出ていった。
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