王宮での仕事

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王宮での仕事

 次の日、私は三人に見送られ屋敷を出た。屋敷の前には王宮からの迎えの馬車が来ている。ヴァイオレット様が手配してくれたのだ。  馬車に揺られながらさほど遠くない王宮までの道のりを耽りながら眺める。  皆、いつでも会えるから、会いに行くからと見送ってくれた。これから始まる新しい生活への不安を取り払ってくれるかのように。  私はそれなりに慣れ親しんでしまった王宮の門を馬車に乗ったままくぐり、建物の前で降りた。  そこにはメイド服姿ではあるが初めて見る中年の女性が私を待っていた。   「セレーナさんですね。宮廷縫い師のマライヤです」 「はじめまして。セレーナです。よろしくお願いします」  宮廷縫い師と言われる役職は王宮内で働いている針子たちの統括指揮者だとマスターから聞いている。  一番立場が上の人が出迎えてくれるとは思っていなかった。 「まずはお部屋に案内しますね。荷物を置いたら作業部屋へ行き仕事の説明をしますから」 「はい」  マライヤさんについて通ったことのない廊下を歩いて行く。 「ヴァイオレット様のドレスとても素敵でしたよ。ここで働いている者でもあんなに繊細な刺繍ができる者はいません。みんなセレーナさんが来るのを楽しみにしていますから」 「ありがとうございます」    王宮という緊張感漂う仕事場で歓迎されているということに安心した。  ヴァイオレット様のドレスの件で私のことを知ってくれていることも大きい。  時折すれ違うメイドさんの中には以前通っていた時に顔見知りになった人もいて笑って挨拶してくれた。 「ここが使用人の生活するフロアになっています。基本的に一人部屋ですので自室の掃除等はご自身でしていただくようになります」 「はい」  さすが王宮だ。使用人一人一人に部屋があるなんて。 「こちらがセレーナさんのお部屋になります」  通された部屋はベッドと机、小さなクローゼットがあるだけの簡素な部屋だったが、使用人一人が生活するには十分な部屋だった。   私は持って来ていた鞄を置くとすぐに部屋を出てまたマライヤさんについて次は作業場に向かう。  案内されたのは大広間はほどの広さの部屋に規則的に大きな机と椅子が並び、壁にそって並ぶ棚には様々な生地や糸、道具が置かれたいかにも作業場という場所だった。  決して多くの針子たちがいるわけではないが、それぞれが机について集中して作業をしている。全員女性だ。 「皆さん!」  マライヤさんが声をかけると作業していた針子さんたちは一斉にこちらを向く。 「今日から一緒に働いていただきます。セレーナさんです」 「セレーナです。よろしくお願いします」 「「よろしくお願いします」」 「「はじめまして!」」  私が挨拶すると全員がにこやかに迎えてくれた。そして彼女たちはすぐに作業を再開した。 「セレーナさんは基本的な裁縫技術は身に付いているとお伺いしています。これはヴァイオレット様からも言付かっていることなのですが、ドレスの仕立てを覚えて頂きたいと思っています」 「ドレスの仕立て……」  あらゆる仕事をしなければいけないとは思っていたが、まさかはじめからドレスの仕立てを学ぶことになるとは思っていなかった。  ここでドレスを仕立てるということは皇后様やヴァイオレット様、その他の王族たちのドレスを仕立てるということだ。 「そんなに緊張しないでくださね。ヴァイオレット様から普段着用のドレスを数着仕立てて欲しいと申し使っています。その時にセレーナさんもご一緒にと。今からヴァイオレット様のお部屋に向かいますので」 「はい」    私はまたマライヤさんについて王宮内の長い廊下を歩いて行く。  作業場があった西棟を抜けると見慣れた場所に入った。 反対側の東棟だ。以前は気にしていなかったが、この東棟に入る廊下の端には守衛の騎士が立っており、ここから先は王族が生活するための棟なのだとわかる。  マライヤさんと私はそのまま東棟に入るとヴァイオレット様の部屋の前まで来た。 ーーコンコンコン 「ヴァイオレット様、マライヤでございます」 「どうぞ」  返事を聞いてマライヤさんが部屋のドアを開け中に入る。  私も後について部屋に入るとすぐにヴァイオレット様と目があった。   「セレーナさん、来てくれて嬉しいわ」 「ヴァイオレット様、お久しぶりです。またお世話になります」 「よろしくね」 「さっそくですが、ドレスの採寸を始めてもよろしいでしょうか」 「ええ。お願い」  マライヤさんが道具を出し始めると控えていたカレンさんがヴァイオレット様の着ているドレスを脱がせていく。  ヴァイオレットの様の着替えは以前も見たが今回は以前と違うところがあった。 「コルセットをされていないのですね」  私の言葉にヴァイオレット様はにこやかに微笑むとお腹を擦った。 「まだわかったばかりでお腹も全然出ていないのだけど締め付けはよくないから」  はっきりとは言わないけれど、ご懐妊されているということだろう。 「おめでとうございます」 「まだ秘密ね」  口元で人差し指を立てるヴァイオレット様は可愛らしくそして幸せそうだった。 「はい。口外はしません」  今回のドレスの採寸はお腹が大きくなっても着られるものを作って欲しいとのことだった。  本来ならもっと多くの人数で作業するのだが、懐妊していることはできるだけまだ知られないようにマライヤさんと私だけを呼んだそうだ。 「来て早々大変な仕事をお願いしてごめんなさいね」 「いえ。精一杯させていただきます」  その後、カレンさんにも手伝ってもらいながら採寸をし、どんなデザインにするか、どこまでお腹周りに余裕を持たせたドレスにするか話合った。  おおかた決まったところであとは様子をみながらその都度調整して仕上げていくことになり、しばらくはマライヤさんと私はヴァイオレット様のドレス作りに専念することになった。 「セレーナさんが来てくれて本当に良かったです」  ヴァイオレット様の部屋を出て西棟までの廊下を歩いている時、マライヤさんは肩の力を抜くようにそんなことを言った。   「今回のヴァイオレット様のドレスは私が主になって仕立てる予定ではありましたけど一人では大変ですから。ヴァイオレット様がセレーナさんなら懐妊のことを知られてもよいと言っていたので」  懐妊のことは国王皇后両陛下と皇太子、ヴァイオレット様の専属侍女、マライヤさんしか知らないらしくその他の人にはまだ内密なのだそうだ。  他の針子に言わないまま作業することは難しいためマライヤさんは一人ですることも覚悟していたらしい。 「ドレスの仕立てというものは始めてなので至らないこともあると思いますが頑張ります」 「あんなに素晴らしい刺繍ができるんですものすぐにドレスも仕立てられるようになりますよ」 「はい」  私はそのままはじめに案内された自分の部屋へと戻り、王宮での一日目が終わった。
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