お兄さま惨上

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お兄さま惨上

あぁ、焼きたてのバタークッキーのにおいって、やっぱり最高よね。いや……バター使ってないから、あくまでも雰囲気である。 「美味しそうに焼けたわね!ねぇ、アッシュ。あんたちょっと味見しなさいよ」 「えぇ~~?俺まだ命が惜しいよ~~」 いやだから何でそうなる!! あんたの側にいる方も命が惜しいでしょうが、この殺人鬼!! 「ずっと何もしないで突っ立ってる気!?見学料よ、見学料!!」 「うわ、押し売り~~」 「危ないものなんて入ってないわよ!むしろ、あんたが私のお父さまのための実験体になりなさいなっ!」 「ふむ……実験体ならいいよぉ~~」 「いや、いいんかいっ!!」 ほんっと、掴めないなこの男は!! 「ほら、食えっ!」 「お嬢さま、口調がたまに勇ましくなるよね」 いや、何勇ましいって……っ!? 「いただきます」 そう言うとアッシュは私の手からひょいっとクッキーを摘まむと、口の中に放り込んだ。 何よ……。わりと簡単に、食べるんじゃない。さっきまでわけわかんない言い訳で嫌がってたくせに、やけにあっさりしてるんだから。は……っ、ちょっと待って!! 「あんた、大豆アレルギー持ってないわよね」 「俺アレルギーとかはないよ?何でもイケる~~」 「それは……何よりだけど。味はどう?なかなかうまくできたと思うのだけど」 「うん、美味しいよ」 「そんだけ……?」 じー。 「お嬢さまのその目もいいねぇ」 こんの男は、何でもかんでものらりくらりと躱そうとするのだから。まぁ、食っただけ、進展したのかしら。うん……?進展したって……何が、かしら。 「あ、そうだそれよりも!」 「どうしたの?お嬢さま」 「そのお嬢さまってやめてよ」 「何で?使用人たちだってそう呼ぶんじゃないの?」 「それは……嫁ぐ前とかだったらそうかもだけど。でももう嫁いで出戻って来たのよ?」 そりゃぁ最初はメイドたちにも『お嬢さま』と呼ばれたが。でもやっぱり。 「何か……行き遅れみたいじゃない」 そんなお嬢さまって呼ばれるような子どもでもないし。まだ一度も嫁いだことのない深窓の令嬢みたいな……。 まだあのクソエリオットのことを疑いもしなかった世間知らずのお嬢さまに戻ったようで……。 「好きじゃ、ないの」 かといって、もう夫人と呼ばれることもない。クズとは言え、世間は英雄が本当は妻がいる身で不倫し、不倫相手の子どもまでもうけた最低ヤロウとは疑いもしない。私はただの、英雄に捨てられた惨めな女だ。どんだけひどい女なのだと陰口を叩かれるかもしれない。社交界でも……、家格だけは立派。イケメンなお父さまとお兄さまに囲まれた不釣り合いな平々凡々娘とバカにされてきた。 家も継ぐのはお兄さまだし。英雄夫に捨てられた私の再婚先なんてそうそう見つかるまい。 「アリスでいいわ」 「……」 エリオットは勝手に呼んで来たけれど、エリオットは初夜にすら来なかった。しゃべることもなかった。この愛称を許したこともない。 アッシュは人間としてはきっとドクズだわ。 「今、すっごく失礼なこと考えなかった?お嬢さま」 「例えそうだとしても事実じゃない」 「あはー、それはそうかも~~!」 「いや、何で納得してんのよ。とにかく、アリスでいいわ。使用人たちは短縮せずにアリシアさまなんだから、特別だと思いなさい」 「えー、俺もみんなと一緒がい~~」 「何よ、とっても名誉なことなのよ!?喜びなさいな!!」 「お嬢さま、押し売りうまいね~~」 「んもぅ、話を反らさないでよ」 「気が向いたらね」 「どこまでも自由な男め」 「はははははっ」 まるで何にも気にしてないとばかりに笑うんだから。……でも何だか……元気はでたかも。 「さ、お父さまにクッキーを……」 届けようと準備をしようとした時だった。 不意にアッシュが勢いよく飛び去ったのだ。 「あ、アッシュっ!?」 ガツンとスゴい音がしたと思えば、先ほどまでアッシュの頭があった場所に剣が突き刺さってる。 「ひえぇっ!?」 まさか、襲撃いぃぃっ!?いや、大公家を襲撃って何者よっ!?そもそも今この屋敷にアッシュ以上の危険人物がいて……っ!? しかし私の懸念はすぐに払拭された。 「アリスうぅぅぅぅぅ――――――――――っ!!!」 この、声は!! そしてびゅんと駆け抜けるようにしてこちらに一目散に向かって来たのは……っ。 「お兄さまっ!?」 「あぁ、お兄さまだよアリスうぅぅぅぅぅっ!!あぁ、アリス!かわいそうに!あのクソエリオットおぉぉぉぉっ!!お兄さまのアリスを嫁にもらっておいて、不倫して子ども作ってアリスを捨てるだなんて何ったるクズめえぇぇぇっ!!あぁ、やっぱり……やっぱりアリスはお兄さまがお嫁にもらうべきだったあぁぁぁぁっ!!!」 わんわんと泣きながら私に抱き付いてきたのは、お父さまにそっくりな銀髪ローズレッドの瞳の美青年。それはまごうことなく私のお兄さまで、大公令息。大公家の跡取りでもある。 そして、ご覧の通りのシスコンである。 「いや、お兄さま、兄妹は結婚できません。あと、跡取りはどうするのですか……!」 そりゃぁいざとなれば王家から跡取りを迎えられる家柄だけども、さすがに兄妹婚はできないし、例え政略でもお兄さまはシスコン過ぎてキモいから嫌。 いや、その前にんな政略なんてないわぁぁぁっ!!! 「……お兄さまは、して見せる。何なら、この帝国の天下をとってやろうか……」 いや、何言ってんの!それ謀叛!謀叛だからお兄さま!ヤバいシスコンすぎて我を失ってる!!! いやー、それよりも何よりも。このシスコンお兄さまだもの。私が出戻ったとなれば駆け付けてくるとは思っていた。 お父さまと和解する前は、このシスコンお兄さまがいれば大公家でのらりくらりとクッキー美味しい生活ができるとは思っていた。 まぁ、お父さまとは和解したし、使用人たちも柔らかだ。ただ問題と言えば、お父さまは邪神教の司祭みいな格好だし、使用人のみんなも邪神教のエンブレムつけてるし、エンブレムつけた黒ずくめも普通に大公家の騎士に混じってるし。 邪神教集団の狂騎士アッシュは普通にこの屋敷を闊歩してるし……お兄さまもエンブレムしてるし。 「あの……お兄さま」 「ん?どうしたのかな?お兄さまのかーわいぃアリス~~っ!はぁはぁ、久々のアリス。アリス!アリスッチャージッ!!!」 いや、そのシスコンテンションが明るすぎて私ついていけなくなりそう~~~~っ!ちょっと落ち着こうか、お兄さま。……うん、私も。 「あの、私は一応聖女なのですけど」 「うん?そうだね。アリスはお兄さまのかわいく高潔な聖女だ」 いや、お兄さまのってか……神殿が任命したのだけど。聖魔法も使えるし、私の聖魔法の魔力は彼らを満足……いや涎を滴らせるほどに魅力的なものだってらしい。私が平々凡々、聖女らしくない見た目であることは、散々なじってきたけどね。そのことを相談する度にお兄さまは怒り狂ってた。……まさか。 「お兄さま、お兄さまは私のために、邪神教に手をそめたのですか?」 お父さまや使用人たちを巻き込んで。狂騎士まで抱き込んで。 「……いや?」 「えぁっ、違うのですか!?」 意外とあり得そうだと思ったのですけど……!!? 「アリスは嫁いで行く身だ。だからこそ、大公家の真の姿を教えることができなかった」 え、大公家の真の姿!? 「だが、もうアリスはどこにもやらない!一生大公家で祀り崇め溺愛する!!」 いや、別に祀り崇めなくてもいいのですけど。てか、お兄さまたち、そのエンブレムつけてるってことは邪神を祀り、崇めているのでは?それともそれは出戻った私へのドッキリ用なのかしら……?でもそうだとしたら……ほんまもんの殺人鬼アッシュまで抱き込んだ意味が分からないわ。さて、お兄さまの回答は……。 「だがらこそ、アリスにも打ち明けよう。今から、父上と共に話をしようか」 「えぇ、まぁ。あ、でもお父さまのために豆乳クッキーを焼いたから、一緒に持って行くわね」 「え……あ、アリスの手作りクッキー、だと……!?」 お兄さま、涎すごい。何年かぶりの妹のクッキーへの涎がめっちゃすごい!!シスコンなのは重々承知だが……大公令息としてはどうなのかしら、それ。きっと社交界で群がるご令嬢たちみんながどんびくわね。 いやまぁ、屋敷の中だしお客さまはいないからいいけど。 いるのは私たちのやり取りをへらへらしながら見ているアッシュくらいだ。さっきお兄さまに仕留められそうになったというに、元気だわ。 てか、お兄さまは何故アッシュに剣を投げつけたのだろうか。アッシュが指名手配犯だから……と言うわけではないわよね。 関係上は同じ邪神教に属する者。 しかもお兄さまは私へのシスコンに夢中で、アッシュには目もくれていないからなぁ。 「いやだ!お兄さまが全部食べたい!!」 「お、お兄さまったら……。いい年して子どもみたいなこと言わないでください。もともと牛乳アレルギーのお父さまのために作ったのですから。多めに作ったのでお兄さまの分もありますけど……そんな我が儘を言うのなら、お兄さまにはあげませんよ!!」 ここは、妹としても強くでるべき!!みんな、仲良く!! 「ひ……っ!?アリスのクッキー……く、くれな……くれないなんて、や゛――――――――――――――っ!!!」 全く……お兄さまは。 「こんなんで結婚できるのかしら、嫡男なのに」 未だ婚約者もいない独身なのは、多分お兄さまが群を抜いたシスコンだからである。 「いざとなれば、貴族でしょ?」 私とお兄さまの後ろからついてくるアッシュのひと言に。 「……うん、まぁ」 そうなのだけど……でも。 まさかアッシュに言われるとは思ってなくて。何だか妙な感じがしてしまった。
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