お父さまの秘密

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お父さまの秘密

あぁ……素晴らしいわ。このバターの香り、味わい。クッキーの程よいサクホロ感。 私はお父さまが用意してくれたたくさんのクッキー缶を前に、優雅にティータイムを堪能している。これでも元貴族令嬢だもの。帰ってきたらまずシャワー、フロ、磨き上げ、化粧とかいろいろあると思うの。でも使用人たち、何故か私のことをよく分かっていて、さっとシャワーとお風呂に入ったら、着心地のいいワンピースを用意してくれて、早速クッキータイムを満喫させてくれている。 ……嫌われていると思っていたのは、私だけだったのだろうか。 「ん~~っ、美味し~~いっ!!そうだ……!ねぇ、あんたも食べる?アッシュ。ほら、あ~ん!」 何故か私の隣に控えているアッシュにも、バタークッキーを差し出す。 まぁ血は落としてきているようだし、鉄臭くないからいいのだけど、何故まだいるんだ当たり前のように……! 「あはははは~~。お嬢さまったら、クッキー食べる時いつもそれやってるの?やっぱり面白いねぇ、そのクッキー中継!ふふっ、やっぱり見てて飽きないよ。でもクッキーは……命が惜しいのでお断りしますね」 にっこりと笑顔で断られてしまった。甘いものが好きじゃないってこと……?でも、それにしても。 「いや、命がって、おいいぃ……っ!別に変なものなんて入ってないわよ……!あんた、クッキーを何だと思っているのよ。全くもう!」 なのにこの狂騎士はもう。今も相変わらずヘラヘラしてるし。 「く……っ、ふふっ、やっぱり面白……っ。いや、でもま。そこはクッキーではなくて……」 さらに嫌にニコニコとしてるな、この男。 しかしアッシュの視線は私から向こうに動く。私の目の前の席には。 「あの……お父さま?」 何故か鉄壁の無表情なのにキラキライケオジオーラを放つお父さまに動く。これで、40代。40代なのよ?見えんわっ!! 「どうした、私の愛しい娘、アリス」 どうしたって、おいおいおい。私の名前の前に妙な修飾語みたいなのついてるし。 「いや、その、お父さま。何故ずっと私の向かいの席に座っていらっしゃるのですか……?そのー、お仕事は……?大丈夫なのですか?」 本当に何故クッキーを楽しみ中継する私の正面にずっと座ってるの!! 「問題ない。アリス、お前はそのままクッキーを楽しみなさい」 いやいや、そんなこと言われたって!!気になるじゃない! 「その、お父さまもいかがですか?」 このままではきになりすぎる。 昔から私があげるしても、クッキー作っても見向きもしなかったお父さま。もうぶっちゃけ全部ひとりじめしようと泣いたあの日、お兄さまがひょいっと手作りクッキーを食べてくれたことで救われた、幼きころの思い出が甦る。だが、私はもう大人。サレ妻離婚を経験し、経験を積んだ身よ。 何があっても……引くわけにはいかないの……! ※お父さまにクッキーを差し出しているだけです。 「……アリス……あぁ、アリス。アリスがうちを飛び出して行ったあの日から、ずっと心残りだった。ずっとずっと、……心に、穴が空いているようだった」 「あ、えと。そのー、お父さま……?私は決して家を飛び出したお転婆娘のようなものではなく、あくまでも!帝国に……陛下から顔と功績だけは立派なクソ英雄の妻として、英雄を支えていくのにふさわしい令嬢、しかも聖女だと薦められて結婚しただけですよ……?」 「そうだ……っ、それがそもそもの間違いだったのだ……!いくらクソあにう……っ、陛下の薦めとは言え、受けるんじゃなかった」 「お父さま……」 今、陛下のこと【クソ兄上】って呼ぼうとしませんでした? 「私は、陛下に薦められるがまま、あのクソエリオットにお前を嫁がせたことを後悔した」 「お父さま……」 そのエリオットのクソ名、とてもステキですわ。 あの頃はまだお父さまも、エリオットが好青年で、第2皇子殿下やお兄さまからも一目置かれ、顔もよくて英雄と呼ばれる強さを持つ将来有望な若者としか思っていなかったのでしょうね。私もだわ。でも、今なら声を大にして言える。 あの男は、クソヤロウだってな……!! その思いはお父さまも同じらしい。もっと、こうやって父娘(おやこ)で話をしていたら……あんな冷遇夫婦生活は送らないで済んだだろうか。 「……だからもう、後悔はしたくない。私は……私はアリスの……っ、アリスのクッキーを、食べよう……!」 そう言うとお父さまが私の手からクッキーを受け取る。私のってか……お店のなのだけどね。 それともこれからは、私の手作りクッキーも食べてくれるのかしら。 その何かが変わりそうな空気に、使用人たちも息をのむのが分かった。彼らは彼らで私たち父娘(おやこ)のことを心配してくれたのかな。 しかしその時だった。 「ねぇねぇ~~、お嬢さまっ。何かあれだけどもこんな空気だけどもさ、……()めたほうがいいと思うよ?」 「何でよ、いい空気になってきたじゃない。のんないい雰囲気なのに水を差すなんて、KYよ、アッシュ」 「ええぇ~~?けーわいって何ですか~~?お嬢さま~~」 「k=空気、Y=ヤベーだろって意味よ」 「へぇー、難しそうな言葉知ってるねぇ~~」 こう見えて私、学生時代の学業は優秀だったのよ。 「そうだ、アリスもこう言っている。止めるな、アッシュ」 お父さまがアッシュの名前を呼ぶ。2人もなんだか親しそうね。いや、じゃなきゃこの指名手配狂騎士が平然とうちにはいないわよね。 てか……お父さまは相変わらず邪神教の格好しているし……その、邪神教仲間なのよね。ほんと……何でこんなことになってるの。 しかしお父さまは、私の怪訝な視線に構わずクッキーを今か今かと口に運ぶ。 「私は、アリスのクッキーを、食べる……!」 「お父さまっ」 そんな、覚悟を決めて……。それほどまでに……お菓子、苦手だったのかしら……? 「ええぇ~~?でも、大公閣下は牛乳アレルギーでしょうにぃ~~」 そのアッシュの言葉に私は思わず目を見開いて立ち上がった。KYもたまには役に立つ!!まずは……っ。 「待って!待ってお父さま!!ダメ!食べないで!絶対に食べないで!食べたら……っ、ダメ――――――――――っ!!!」 「あ、あり……す、ダメ……ダメか。お父さんは、ダメか……」 何か違うところでショック受けてないっ!?それほどまでにお父さまの決意は堅かったのだろうか。それともそんなに食べたかったのだろうか。クッキー。牛乳アレルギーだからこそ、憧れていたのだろうか。私はそんなことも知らず……、手作りクッキーを受け取ってもらえなかったことにショックを受けた。そしてお父さまに嫌われているのだと思い込んできた。だけど、違ったのなら……! 「お父さま!私が……っ、私が豆乳クッキーを作って差し上げますから!!」 「あ、アリス……」 お父さまが絶望の表情から一転、笑みを浮かべ……そうだがその無表情はすんとも笑わない~~。でも、嬉しそうだ。 「ちょっと作ってくるから!何なら仕事しててもいいから!」 「……あ、あぁ、アリス……!」 びっくりしているような無表情のお父さま。でも、何だか長年のわだかまりも解けたような感じがするのだ。 トタトタトタ……っ。 「てか……わだかまりの原因、牛乳アレルギーかよっ!!!」 もっと早く言って欲しかった。 「豆乳でも、普通に作れるんだから」 「さすがはお嬢さま、すごいねぇ」 ぶつぶつと呟きながら厨房に立つ私を、面白そうに見つめながら、アッシュが相槌を打つ。 いや、だからこの男は何でここにいるのかしら。
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