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夫に不倫されました
――――まさか本当にそんなことが……。冷遇夫が不倫相手と密会……そんな現場に出くわしてしまうだなんて。でも、それよりも衝撃だったのは……。
「そんな……嘘でしょ……?」
何がどうなっているのか。でも、予感がなかったわけではない。
でもこの不倫夫は……なんと現在うちの帝国に遊学中の隣国の聖なる王女さまと不倫をしていたのだ……!
「うぅ……」
ショックを受けつつも、このまま逃げたってどうにもならない!サレ妻は……度胸よ……!シタ女も相当な大胆さを持っているはず。そんなシタ女に立ち向かうには、サレ妻も度胸を持つしかないの。泣きたい気持ちは分かるわ。私も泣きたい。もうわけ分かんなくて泣きたい。
でも、こんな不倫夫に涙を見せるのは嫌よね。
そして私は……これでも一応聖女とも言われてきたのだから……!不倫夫とシタ女に向かい合い、凛として立ってやろうじゃないの……!
「もう、君にはうんざりなんだ」
しかしいきなり何を言い出すよ。不倫夫。自分と不倫相手の逢瀬を冷遇妻に見られたと言うのに、何をカッコつけて語ろうとしてんだよ……!!私だっててめーなんてうんざりだっつの……!!
あと……!隣国の聖なる王女……つまり聖女で王女なんかと不倫したら確実に外交問題!恋は盲目だと言うけれど、不倫は盲目じゃぁダメなのよ……!むしろ不倫自体ダメだろうが!
「君は……家事もしない」
「はぁ、そうですが」
貴族夫人なんだからあたりめぇだろが!!そりゃぁお菓子くらいは作れますけど!
「跡取りの子どもも未だにできない」
お前が一緒に寝ないからだろうが……!結婚したてほやほや初夜から夫婦用に用意されたベッドでひとり寂しく寝てきたのだ。その間こやつは自分用のベッドで……聖なる王女さまと寝ていたのだろうか。
そんなんだから子どもなんてできるはずがない。
結婚当初は夜は泣いて過ごしたが、もう涙も何もかも渇れ果てたわっ!!
「さらに性格もキツすぎる」
妻に無関心冷たいドライ年がら年中放置夫に言われたくはない。そもそも、夫婦としての時間もまともにとってくれない、食事はいつもひとりなのに。
「本当に私の性格……知ってる?」
「ふん、飽きるほどに見飽きた。それに比べてフロリーナは……」
いや、飽きるほども見てないでしょ。
「毎日私好みの紅茶をいれてくれる、とても家事のできる子だ」
「……それを家事と呼ぶのなら、あなた、領地の平民の奥さまたちに袋叩きにされるわよ」
「君は本当に話が通じないな」
不倫夫が深い藍色の瞳を向けてくる。因みに髪は赤。
結構なイケメン。イケメンだが……。
あんたに言われたないわ!!例えイケメンでも許されんわ!!
主人の好みの紅茶をいれるのって使用人の仕事では。それは使用人の仕事をできる子だと言っているのでは?聖なる王女さまに失礼なのでは……とも思ったが、流れるブロンドヘアーに青い鮮やかな瞳を持つべらぼーに美しい王女さまはそれを聞いて頬を赤らめている。え、嬉しいの!?使用人の仕事できるって言われて嬉しいの!?あなた王女よね!?
あと、紅茶いれられるだけじゃ使用人にはなれません!!なのにこの不倫夫は……。
「さらには若く、美しい」
じゃぁ若くなくなったら捨てるんかーいっ!
「あの、と言うか、なんと言うかお話の前提として、聖なる王女さまは私よりも年上では……?」
「君はなんてことを言うんだ!」
事実ですが……!!
「王女である私に不敬ですわ……!」
不倫をする方が妻に不敬!!まぁ、美しいことは認めるけれど。
私は平凡顔の目立たない聖女と呼ばれてきたもんね。仕方がない。
髪だって、錆色だなんて言われてるのよ……?瞳は色褪せた赤。せめて家のローズレッドの瞳を受け継ぎたかったけれど……。
「しかも性格も気立てもよいのだ」
「既婚者相手に、しかも隣国で不倫した時点でそのいいところ、全部台無しだと思うのですけど」
「いいやフロリーナは素晴らしい!こんなにも美しく、そして愛らしい!」
「やだ、んもぅっ」
……何でいちゃコラしてんのこの2人。現実から目をそらすなよ。
「さらには……既に跡継ぎもできた」
「はい……?」
……。
「はあぁぁぁぁぁっ!!?」
子どもまで作ったんかいこのアッホンダレエェェェェッ!!?
隠し子をしれっと作る貴族でさえ、本妻との間にちゃんと跡取りができてから作るだろおぉぉぉっ!!!いや、それならやっていいと言うわけでもないけれど。
「……隣国の聖なる王女さまとの間に子どもまで作ったとか……、作ったとか……」
……頭痛い。
「外交問題以外のなんなのよ。いくら帝国の方が大国だからって、王女さま。しかも聖女さまよ……?」
聖女はどこの国でも欲しがる存在。だからこそ、各国でとても大切にされるのだ。
私はこの見た目だから、大切には扱われなかったけれど。この男が権力と財を得るための政治の道具としかされなかった。
家も半端者の私など見ない。
つまはじきもの。
はれもの。
ならせめて、家の役に立つように嫁げと。英雄として爵位を得たこいつの妻になったと言うのに。
私はそれでも貴族の娘と生まれ、領民や国民の血税で生かされてきた身として義務を果たそうとしてきたのに。
「こんな惨めな見た目な出来損ないな上、聖女としても半端者なお前とは……離縁させてもらおう」
「半端者……確かに家の色も受け継がなかった私は半端者だわ。でも聖女としての役目はちゃんと果たしてきたはずよ。聖女としても半端者だと思ってるあなたは本当に私のことを知らないのね……。……離縁は、受け入れます」
私だって、こんな男とは早く別れたい。
「そうか、なら用済みになったお前は王国に売るとしよう」
「は……?売る……?売るって、何……?」
私はこの不倫夫から自由になるのではないの?
例え家に戻って出戻り娘と辱しめられようとも甘んじて受け入れるつもりだった。
貴族の娘として生まれそだった私は……市井では簡単には生きてはいけない。
聖女がお務めを果たす神殿も決して味方ではない。
私が貴族を離れ、完全に神殿に属したのなら。あの神殿に、聖女として限界までこき使われるのは目に見えている。
だから、だからせめて住む場所くらいはと考えていた。なのに、王国に売る……?
「フロリーナが私の妻となることは王国も歓迎してくれた」
マジかよ、王国。まぁ、帝国の英雄さまに王女を嫁がせられるのなら王国としても誉れ。だが、聖女はどうする。聖なる王女さまは王国にも必要な存在では……。
あ……だから、私を代わりに売るのね。
「安心しろ、お前がしっかりと聖女の役目を果たすための良縁を、フロリーナが紹介してくれた」
つまりは監視ってわけ。私がフロリーナの代わりの聖女となるための……。
フロリーナは浮気夫……エリオットの腕に抱き付きながら、優越感に満ちた侮蔑の笑みを向けてくる。
「さぁ、この女はもはやこの伯爵家の人間ではない…!摘まみ出せ!……だが感謝しろ、アリス」
あんたみたいな最低男に……愛称を呼ばれたくなんてないけど。てか初めて呼ばれたわね。
「王国までの馬車は、出してやる」
そう、美しい顔を醜悪に歪めるエリオットの合図で、伯爵邸の使用人たちが手酷く私を縛り上げ……そして、引き摺るように連行すると、安物の馬車に乱暴に投げ込んだ。
「私は……王国に売られにいくのね……」
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