春の幻影

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 ひよりを呼ぶと、ひよりは嬉しいような驚いたような顔で家から飛び出してきた。 「よいちゃんからお手紙きたよ!」 「ええ、本当!?」  あかねが瑠璃の手を離してひよりに駆け寄る。 「一緒に読もう?」  ひよりがあかねを引っ張る。瑠璃は誰にも引っ張られない。ひよりの家の前で立ち尽くした。 「なにそこでぼうっとしてるの? 早く来なさいよ」  あかねが声で瑠璃を引っ張る。  瑠璃はあかねに呼ばれて嬉しいと感じた。   框の下で草履を脱ぎ、あかねと同じように端に揃えて置く。 「お邪魔します」 「お邪魔します?」  あかねが誰に言った言葉か分からなかったが、その言葉を真似して言うべきなのだろうことは分かった。  ひよりが日当たりの良い縁側に招く。ひよりの手には白い封書が一通あった。  三人で縁側に腰をかけると、ひよりが封書から便箋を出す。白い便箋には薄桃色の桜が描かれているようだった。 「誰の手紙?」  瑠璃は桜の便箋を示す。 「よいちゃんからだよ」 「よい? 知らない」 「帝都に行ったのよ」 「テイト?」 「ひよりの家の隣に住んでたお姉ちゃんだよ」  あかねもひよりも嬉しそうに笑う。二人にとって大切な人だということはよく分かった。 「瑠璃ちゃんは前のお友達からお手紙来ないの?」  瑠璃は、さあ、と首を傾げた。 「お手紙をあげる相手がいないの?」  あかねの質問に瑠璃は小さく首肯する。  あかねとひよりの眉根が少しだけ動いた。 「ええと、じゃあ読むね。『親愛なるひなたくん、ひよりちゃん、あかねちゃんへ。よいが帝都へ来てひと月が経ちました。皆様お元気でいらっしゃいますか。越してきた時にはよく……』」  「どうしたの?」  ひよりの声が止まるので、あかねが手紙を覗き込んだ。 「これ、何て読むのかな?」    便箋の上にひよりが人差し指を下ろす。  しかしあかねの眉が寄るだけで、口は開かない。 「私にも分からないわ。誰か大人に聞いてみるしかないわね……」  残念がる二人の間に瑠璃は割り入った。ひよりが指差す文字は『鶯』である。 「うぐいす」 「え? 瑠璃ちゃん読めるの? こんな難しい漢字!」  瑠璃は首肯して手紙の続きをひよりの代わりに読み上げる。 「(うぐいす)が鳴いておりました。先ほど(ひよどり)が見えました。こちらではまだ雲雀(ひばり)を見ていません」 「わあっ! すごいね瑠璃ちゃん。学校で教えてもらったの?」 「ガッコウ? 知らない」 「瑠璃ちゃんってどこから来たの?」 「青くんの遠縁って言ってたわよね?」 「青くんのお母さんの方かな? お父さんの方の親戚かな?」 「知らない」 「山の中だとか、海が見えるとか、覚えてないの?」 「……川がある」 「それは今の家でしょう? あんたって本当にボケっとしてるわよね」 「あかねちゃん、言い過ぎだよ……」  あかねは憤慨している。ひよりはおろおろと両手を震わせていた。
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