春の幻影

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 瑠璃が家に帰ると青葉が棚を一段一段あらためていた。 「ただいま」 「お帰り」 「青葉、何してる?」  青葉は瑠璃を見ることなく「針箱」と短く答えた。  瑠璃は隣の部屋に行くと箪笥の下段から針箱を出す。 「針箱ここにある」 「どこにあるって?」  瑠璃は小さな両手に乗る蓋付きの籠を青葉に差し出した。 「よく知っていたな」 「家の中、どこに何があるか分かるよ」  ほうきの場所もはたきのある場所も瑠璃は知っていた。 「もしかして瑠璃、針仕事もできるか?」  瑠璃は返答ができなかった。だが針をどう使うかは知っている。 「やってみる」 「そうか。少し待っていてくれ」  青葉はそう言うと部屋から出ていく。だがすぐに戻ってきた。手には藍色の着物がある。 「右脇のところがほつれているんだ。直せるか?」  瑠璃は返事もせずに針箱から針と糸を出す。適当な長さに切った糸を針穴に通し、着物を膝の上に手繰り寄せた。  ちくり、ちくり、とひと針縫い進める毎に、縫い目が揃っていく。 「すごいな。上手だぞ」  青葉に誉められると瑠璃は嬉しい。心がほわんと温かくなるのを感じる。 「他には? これで終わり?」  糸始末をして糸端を鋏で切る。 「今日のところはない。また頼むよ」  瑠璃は大きくうなずいた。
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