春の幻影

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 瑠璃は竈に火を入れて米を炊いた。  米はあかねの家が「少しだけなんだけど」と分けてくれたもの。少しといっても俵がひとつもある。芋も蒸かして芋粥にしようと青葉が提案した。  青葉の畑で穫れた青菜もさっと茹でて出し汁と醤油であえる。  朝餉のあとは、掃除をする。雑巾で床を拭くのも瑠璃の仕事になった。  その後はあかねが誘いに来るので、たいてい鞠付きをして遊ぶ。瑠璃は三十回もつけるほどに上達していた。  日が暮れる前には必ず家に帰る。日があるうちに青葉と夕餉の支度をして二人でお腹を満たす。 「ごちそうさまでした」さあ片付けようというところで青葉が咳払いをした。  お尻を上げ掛けていた瑠璃はお尻を下げて背を正す。 「明日は母上の七七日(しちしちにち)だ」 「お母さん、亡くなった?」  あかねの母に初めて挨拶したあの時、あかねの母は『お母さんも亡くなって』と言っていたような気がする。 「瑠璃が来る前にな。それから、兄上が戻ってくる。そのつもりで」  頷いた瑠璃だが、どういうつもりでいればいいのか全く分からない。青葉は言葉が少ない。いや、足りない。  そして瑠璃もそれ以上聞き返さないから分からないままだ。  その晩、瑠璃は夢を見た。  二人の子どもの頭を愛おしそうに撫でている夢だった。  子どもは二人とも男の子だった。  撫でている手は自分の手だと分かる。  ――かわいいかわいいわたしのおちとあお。
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