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新人類が歌の復活を求めるのは、失った感情を取り戻す旅でもあった。
旧人類が長い戦争によってほとんど滅びた後、わずかに生き残った人類は争いの元となった感情を封印した。合理性によってのみ生きる新人類は、かつての歴史をしのぐスピードで科学技術を発展させ、旧人類の文明を掘り起こすに至った。そこで彼らは発見する。歌という存在を。
旧人類は高ぶる感情を表現するために歌という手段を使ったという。
感情なき新人類は音楽を奏でることはおろか歌を歌ったことが無かった。しかし歌なるものを知ったとき、奥底に眠る本能が蠢いた。歌を、歌ってみたい。誰しもがその想いに駆り立てられた。
歌の復活は困難を極めた。先の大戦ではありとあらゆる電子機器が破壊され、最新技術を駆使してどれだけ記憶装置を読み解いてもデータを復元できなかった。そもそも歌を発見したのは化石と化した紙媒体の文字を読み解いた結果であり、楽譜は見つけてもそれが歌と関連するものとは誰も理解できずにいる。
それでも彼らは諦めなった。歌は失われし時代を紐解く鍵であり、人の心を動かす何かがあると信じていた。精鋭たちを集めて文献を読み解き、歌は歌詞と音楽によって構成されることを突き止めた。楽譜を知らぬ彼らは音楽の追求を保留し、文字で判読可能な歌詞を探すことを優先した。
文字が書かれた化石はいくつも見つかってはいるが、どれが歌詞なのか判別することができない。
そこである者がひとつの情報に着目した。旧人類が歌を聞く際に使った媒体にCDというものがあり、その中には歌詞カードなるものを収めていたという。
つまりCDを探し当てれば中に埋もれた文字は歌詞ということだ。
CDに着目すると続々と関連する情報が見つかった。
ある国ではCDが特に売れたという。歌の販売がストリーミングサービスという技術に移り変わったあとでもその国ではCDの売り上げが衰えずにいた。世界で一番CDが売れる国になったという情報もある。
ということは、最も売れたCDを突き止めれば、世界一の歌に出会える。新人類は世界的なプロジェクトとして、彼の国が存在した島にCD発掘部隊を遣わした。
CDがプラスチックケースに収まっていたのは幸運でもあった。
すでにプラスチックが分解してしまうほどに年月は経過していたものの、他の素材に比べて化石化が遅かく判別がしやすい状況にあったからだ。とはいえ時間はかかる。CDそのものはいくつか見つかっていたものの、化石化が進んでいたため歌詞カードの判別には至らない。量が必要なのだ。
大量のCDが見つかった。そんなニュースが世界を駆け巡った時、新人類たちに緊張が走った。感情の復活には至らずとも、古き時代への郷愁が胸の奥底でざわめいた。
CDが大量に。これが意味することは二つ。
一つは歌詞カードが見つかる可能性が高いということ。
もう一つは、大量にあること自体が最も売れたCDであることを示しているということ。
そのCDは彼の国ーーーー日本で活動していたアイドルグループのものだった。同国の跡地の各所で見つかった文献と合わせて総合的に考えてみても、このグループの歌は相当の売り上げがあったことが判明している。この国で一番売れたCDが世界一の歌である。従って、これが人類史上で最も売れた歌である。
歌詞カードの探索が慎重に進んでゆく。
幾層にも重なったCDの山はやはり化石となっているものも多かったものの、そのうち比較的健全な状態のものが見つかった。分析装置にかけられて歌詞カードと思われる部分とその文字が判明した。すでに日本語の解読は済んでおり、読むことが可能だ。
そこに記載されていたのはワンフレーズのみ。
そのフレーズが世界中に公開されると同時に、新人類たちの心が揺り動かされた。たったのワンフレーズだったが、かつての人類たちの熱狂、歓喜、愛憎が、魂の根幹から呼び起こされる。歌詞は決して長くある必要はない。同じフレーズを繰り返せばよいのだ。
人々がそのフレーズを繰り返していくうちに、ある者は等間隔で、ある者は変則的に、ある者は音域を低く、ある者は高く発することで、リズムが生まれた。歌詞にリズムが、音楽が加わる。歌が復活した瞬間だった。
歌はなんと心地よいことか。喜びを込めて、怒りを込めて、哀しみを込めて、楽しさを込めて。人々に喜怒哀楽の感情が芽生えた。いや、長らく封印されていた感情が、今ここに解放されたのだった。
遥かなる時を越えて、人類は今日も歌う。
各々が思うままに、好きなリズムで、人間という存在の賛歌を高らかに歌いあげる。あのCDの内に残されたフレーズをリフレインする。
大量のCDの中に眠りし、CD売り上げに人類史上で最も貢献したその紙に刻まれた言葉を。
「アクシュケン♪アクシュケン♪」
(おわり)
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