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1話 私はリリア
私が、私を見ている。
目線の先の私は、空想の世界をノートに書きこんで楽しそうにしている。
机の上には、スマートフォン。楽しそうに、通話をしながら作業をしているその姿を見て、私は呟いた。
――『あの人が、私だったら良いのに』
*
「…………う、ん」
目を覚ますと、ぼやける視界の先に茶色い天井が見えた。
……私の部屋の天井は白だったはずだ。寝ぼけているのだろうか。
寝ぼけ眼を擦りながら、私はベッドから上半身を起こした。
「ここどこ……?私、確か、自分の部屋にいたよね……?」
一人呟きながら、ベッドから降りて部屋を物色する。
現代日本では中々見られないような、床も壁も木材で作られている部屋だ。
部屋は質素で、置かれてある家具も小さな机と椅子とベッドだけだ。
――私、夢見てるのかな。
ふわふわと回らない頭で、私は部屋を出た。
部屋を出てすぐ、扉の付いていない部屋を見つけて入ってみる。
どうやら風呂場の手前の空間らしい、鏡が付いた洗面台のような場所があった。
――とりあえず、顔洗おう。
考えて、私は洗面台の前に立とうと移動する。
とても背の高い洗面台だ、私の身長でも届かない。
洗面台の前にある台へよじ登り、鏡を覗き込んだ私は、とんでもない光景を目にした。
「…………えっ、誰!?」
夢の中の私は、黒髪に赤い目をした、見知らぬ幼女になっていた。
*
あれから三年が経った。どうやらここは夢の中ではないらしく、所謂、転生をしてしまったらしい。
後、この世界の私は、村中の人から嫌われている事が分かった。
その理由は、私にスキルがないから、らしい。
――スキルとは、この世のすべての者に授けられる女神・ドミナからの贈り物である。そして女神・ドミナは、スキルを授けた者の左肩に、その贈り物の証を描く。
この世界のそんな常識を知った時、私は大層びっくりした。
私はいつの間に、そんなファンタジーな世界に飛ばされたんだ。
よくある転生物では、死んだら転生してたとかがテンプレだけど、私にはそんな記憶はない。
ただ自室で空想に耽っていて、気付いたらこの世界で目が覚めたのだ。
ちなみに、嫌われているのにどうやってこの情報を仕入れたかと言うと、唯一私を邪険にしない肉屋のおじさんと話して知った。
聞いた時は「何故そんな事を?」と不思議そうな顔をされた。
「っはー、食料もうなくなっちゃう」
残り少ない食材を見て溜息を吐く。
齢八歳の少女が食料を気にするなんて、と思うかもしれないが、仕方がないのだ。
父は、私を〝スキルあり〟と国に虚偽の申請をしたとして牢獄入り、獄中死したという。
そして母は心を壊して部屋に引きこもっている。
「こんなのに耐えてたなんて〝リリア〟は偉いね」
〝リリア〟とは、この世界での私の名前だ。
私は冬服を着込んで、食料調達のため家を出る。すると、ひそひそとした声が耳に入った。
「スキルなしだわ」
「あの子、いつまで生きてるのかしら。本当、しぶとい」
「女神ドミナから愛されてないくせに」
「スキルなしの事なんて見ちゃダメよ!」
「髪も目も気持ちの悪い色して、不吉よね……」
――聞こえてるんだよなぁ。そう思いながらも、私はそれらを無視して歩みを進める。
リリアは中々にかわいい顔をしているが、黒髪と赤い目はこの世界では珍しいらしく、スキルなしという事も相まって気味悪がられている。
そして、そんな私は村で買い物をする事もできず。
今も、食料調達をするために向かっているのは、店ではなく森だった。
村の近くには森がある。
自然豊かな森だが、大型の獣が出るという事で、村の人が立ち寄る事は滅多にない。
「おーい、来たよー」
森に入ってすぐ、私は呼びかけた。
そうして少し待つと、かさかさと茂みが音を鳴らした。
そこからでてきたのは、三匹のリス。
「おはよう。今日も食料分けてもらいたいんだけど、いいかな」
微笑んでお願いすれば、彼等は「きゅい!」とかわいらしく鳴いて森の奥へと駆けて行った。
……何故か分からないが、彼等は最初から私に好意的で、頼みごとをすればそれを実行してくれる存在だ。
本当はそういうスキルを持っているのだろうか?とも思ってしまうが、まぁ、転生して得た能力かなんかなのだろう。なんだか、森に住むお姫様になった気分だ。
私はいつも通り、切り株を椅子代わりにして座る。
そうして、彼等が果物や木の実を持ってくるのを待つのだ。
……どれくらい経っただろう。
草の擦れる音が聞こえて、私はそちらに視線を向けた。
「お帰りー。早かったんだ、ね!?」
目の前の光景に、私は思わず語尾を裏返してしまう。――人がいたからだ。
その人物は真っ白なローブで体をすっぽりと覆い、フードを被っているため口元しか見えない。
――なんで、人がいるの?
あり得ない光景に、私は金魚の様に口をパクパクさせるだけしかできない。
そんな私を見て、目の前の人物は、口元を緩めた。
「おや、子供がこんな所にいるなんて」
言いながら、その人は私の元へと近づいてくる。
声からして女性だろう。彼女は私の目の前まで来ると、座っている私の視線に合わせる様に屈んだ。
見知らぬ人間の急接近に、私は「ひっ」と声を漏らしてのけぞる。
……ここ三年、こんな風に近づいてくる人がいなかったため、人に対する免疫がすっかりなくなってしまっているのだ。
「どっ、どなたですか?村の人、じゃないですよね?」
どもりながら、警戒心丸出しで問う私に、彼女は「ああ」と笑った。
「旅をしている者でね。君は、この近くの村の子かな?村まで案内してくれると助かるんだが……」
「む、村まで、ですか?」
「ああ。宿を探していてね。宿がなければ、村長の家まででいいんだが」
口元を緩やかに上げながら、彼女は諭すような優しい声で私へ言う。
……多分、悪い人ではないのだろう。
しかし、それだと余計に彼女の言う通りに動くわけにはいかない。
――だって私、村中から嫌われてるしなぁ。
こんな私が村人を案内してしまえばどうなるか、火を見るよりも明らかだ。……きっと、この人も村中の格好の的になってしまうのだろう。
そこまで考えて、私は深呼吸をした。
伝えなくては、という義務感にも似た気持ちで口を開いた。声は、少し震えてしまった。
「あの……ごめんなさい。私に頼むの、止めた方が良いと思います」
「それはなぜ?」
「私、村中から嫌われてるんです。ちょっと、事情があって」
言って、笑って見せた。
笑顔なんて、普段しない表情だ。うまく笑えているだろうか?
私の答えに、彼女は黙った。
まぁ、突然こんな事を言われたら、誰だって困惑するだろう。
私は冷静に判断しながら、左の方向を指さして言った。
「村は、あっちの方向です。まっすぐ行けば着きますよ」
こう言ってしまえば、彼女は私に関わる事はないだろう。
彼女にとっても私にとっても、これが一番良い事なのだ。
――久々に優しくしてくれた人に、こんな対応はアレかもしれないけど。
少しだけ痛む良心を「仕方のない事だ」ともう一人の私が慰める。
でも、これが事実だ。私と一緒の所など、誰にも見られない方が良い。
しかし、私の思考は、目の前の彼女の発言によって断たれる事になった。
「――いや、私は君と行きたい。というか、宿じゃなくて君の家に泊まろうかな」
「――え?」
突然の提案に、私は俯いていか顔を上げた。
彼女の口元には依然として笑みが浮かんでいる。
――今、なんて言った?
信じられない気持ちになった私は、確かめる様に彼女へと問いかける。
「あの、私、さっきも言った通り、村中から嫌われてるんですよ?」
「ああ、言ってたな」
「言ってたな、って」
「それでも私は君を気に入ったんだ。ダメか?」
懇願するような声に、私は言葉に詰まった。
――こんなに好意的に接してくれた人は、この世界に来て初めてだ。
少しの困惑と、温かい気持ちが胸に広がった。
久しぶりの好意は今までの判断を鈍らせて、私はついつい彼女の好意に甘える決断をしていた。
「……あの。うち、お茶とか用意できないんですけど」
「それは丁度いい。実はここへ来る前、上質な茶葉を仕入れていてね」
彼女は笑いながら「一緒に飲もうか」と、座ったままの私の手を引いて立ち上がらせてくれる。
――きっと、この人は善い人なのだろう。
確信にも似た感情に、私の顔が自然と緩まったのを感じた。
だから、村への歩みを始めた道中、突然言われた事に、私の脳はついていけなかったのだ。
「ところで、リリア。君、魔法使いになりたくはないか?」
「…………はい?」
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