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3話 別れの挨拶
「す、すごい……!」
「ハハッ。そんな反応してくれるなんて、魔法使いとしては嬉しい限りだ」
目の前の光景に、私は目を輝かせる。
アロウが魔法を使ってお茶を淹れてくれているのだ。
家に入ってすぐ、アロウは軽い口調で言った。
『あ、お茶は私が淹れよう。魔法を使った方が早いだろうし』
『……は?』
告げられた言葉に私はあんぐりと口を開けてしまっだが、これは普通の反応だろう。
――魔法で、お茶を淹れる?……つまり、アロウさんは……。
そこまで考えて、私はハッとしてアロウを見上げた。
『ま、待ってください。その、もしかして、アロウさんって……』
『言ってなかったか?――私は魔法使いだ』
そう言いながら茶葉を取り出した彼女の口元に、得意げな笑みが浮かんでいたのを覚えている。
――いや、疑っていたわけじゃないんだけど。だけど、本当にすごい……!
今、私は目の前の光景に釘付けになっていた。
アロウの手からぐつぐつと煮えたぎる水が生み出され、彼女の前に塊となって浮かんでいるのだ。
彼女が水の塊に茶葉を入れれば、水の中の茶葉から抽出されていく様子が見える。
透明な塊が段々と琥珀色に染まっていくその様子はとても綺麗で、見ていて飽きない。
「アロウさんって、本当に魔法使いなんですね!」
「なんだ、疑っていたのか?」
「だって魔法使いなんて見たことなかったし……」
「まぁ、魔法使いの数は少ない。そうなるのも仕方ないな」
話しながら、彼女は用意された二つのコップに抽出されたお茶を淹れていく。もちろん、魔法で、だ。
そのまま魔法でお茶の入ったコップを浮かせていき、部屋にあるテーブルの上へ音もたてずに置いた。
お茶の用意ができたアロウは「さぁ」と私を席に座るよう促し、席に座った。
私は彼女に促されるまま、アロウの向かいの席に座る。
「……で、リリア。さっき言った事だけど」
「さっき?」
「魔法使いにならないかって話」
「……え。ほ、本当に私、魔法使いになれるんですか?」
「ああ、もちろん」
にっこり、彼女は微笑んだ。
――本当に綺麗な人だ。その笑顔を見て、私は思った。
お茶を淹れる前、彼女は顔を隠しているフードを取ったのだ。
……彼女がフードを取った時の衝撃はすごかった。
この世界に来て初めて見る、赤い髪に赤い瞳。
顔のパーツはどれも均整がとれていて、美しい。まるで絵画に出てきそうな程の美しさだ。
――十人が十人、美人っていうタイプの美人だ。
ぼうっと目の前の美貌に見惚れながら呆けていれば、その美貌と目が合った。
「で、どうする?魔法使いになりたいか?」
「……えっ、あ、はい!なりたいです!」
危ない。完全に見惚れていた。
思わず遅れた返事に、私は少し焦りながら返事をした。
それを知ってか知らずか、アロウは少し笑い声を上げ、「でも」と話を続けた。
「魔法使いになるためにはこの村を出なくちゃいけないが、それは大丈夫かな?」
「あ、もちろん。私、嫌われてますから。……ただ」
「ただ?」
言葉を濁らせた私に、アロウは優しく続きを促した。
躊躇いながらも、私は言葉を続けた。
「……母が、気になっていて」
「ああ、心を病んでしまったという」
「はい。母はずっと部屋にこもってるので、私が食料調達とか家事とかしないといけなくて……」
――正直、私からしたら他人なんだけど。
この世界の母親は、〝リリア〟の体質のせいで心を病んでしまった。
だから正直、私が気にする事ではないのかもしれないけれど、それでもリリアの母親なのだ。見捨てない方が良いのだろう。
少しの間、私達の間には静寂が訪れた。
……その静寂を破ったのは、アロウだった。
「リリアの母親は、村から嫌われているか?」
「えっ?い、いいえ。嫌われているのは、私だけです」
「なら村の連中に任せればいい」
あっけらかんと言ったその台詞に私は驚いた。
村の人達に母の世話を頼むなんて、考えた事もなかったのだ。
――本当に、そんな事していいのかな。
私は嫌われているのだ。そんな事を頼んで、厚かましいとか、親不孝者だとか言われたりしないだろうか。
そんな思いばかりが頭の中を巡り、私は弱々しくなってしまった声で彼女に問いかける。
「そんな……良いんですかね」
「良いだろ。リリア、お前は虐待されているって自覚もなさそうだし」
「虐待?」
「育児をしないというのは、立派な虐待だ」
きっぱり言い切るアロウに、私はハッとした。
――そうか。私は、虐待されていたのか。すっかり、麻痺してしまっていた。
しかしそれに気付けたのなら、話は早い。
少しの罪悪感を心の奥底に押し込めながら、私は口を開いた。
「……じゃあ、任せちゃおっかな」
「ああ、そうしろ。……で、村を出た後なんだが。リリアには私の家で修行、後に魔法学校へ入学してもらおうと思っている。卒業後は私の所に来てもいいし、自由に活動してもいい。それでどうだ?」
「えっと、それでいいです」
「よし、決まりだな。ちなみに私が推薦状を書くから、入学金とかは気にしなくていいぞ」
「本当ですか!?」
思わず椅子を立ち上がると、アロウは「補助も出るぞ、楽しみにしとけ」と笑う。
「さて、善は急げ、だ。いつ行ける?」
「私はいつでも大丈夫です。親しい人もいませんし」
「よし、じゃあ今からだ」
「今から!?」
驚いて大きな声を出してしまった私を他所に、アロウは残ったお茶を一気に飲み干し、コップを机の上に置いた。
それを見た私は慌てて残りのお茶を飲む。
「さぁ、リリア。母親へ別れの挨拶をしてこい。私は村長と話をつけてくる」
微笑んでそう言った彼女は、家から出て行ってしまった。
アロウがいなくなった途端、部屋は一気に静けさを纏った。
――母親に別れの挨拶、か。
私は溜息を吐いて、すっかりと重くなってしまった脚を動かした。
母の部屋の前に着くと、私は息を吸い込んで、言葉とともにそれを吐き出した。
「お母さん、聞こえる?」
……少し待つも、返事はない。いつもの事なので慣れているが、最後の最後までこの対応とは。
自分の母親でもないのに、なぜか泣きそうな気持になってしまうのはなぜだろうか。
私は溢れそうになるそれを堪え、痞えそうになる喉で話を続けた。
「私、この家出ていく。お母さんの事は村の人に頼んでおくから、ご飯ちゃんと食べてね。……じゃあね」
別れを告げ、私はあっさりとその場を去った。
酷いと思われるかもしれないが、私の母親ではないのだ。これ以上、気に掛ける義理はないのだろう。
――胸が痛むのは、私じゃなくて〝リリア〟が悲しんでいるからだ。
そう言い聞かせて先程までアロウといた部屋へと戻り、私はお茶を淹れていたコップを持って台所まで足を進めた。
そうして使ったコップを洗っていると、アロウは帰ってきた。
彼女はにこりと微笑んだ。
「村長への挨拶は済んだ。母親の事も彼等が見てくれるそうだ。母親に挨拶は済んだか?」
「はい。……いつも通り、返事はなかったですけど」
「……そうか。じゃあ、行こうか」
私達は村を出た。
村人達がこちらを指さして何か言っていたが、今の私にはどうでもよく思えた。
ちなみに肉屋のおじさんから貰った肉は道中、干し肉へ加工することになった。
もちろん、アロウの魔法で、だ。
「……あ、そういえば。アロウさんはなんで旅をしてたんですか?」
馬車に乗った私は、気になっていた事をアロウへ問いかけた。
彼女は「んー」と間延びした声で、こちらを見ずに答えた。
「探し物をしていてね」
「探し物?」
「そう、探し物」
そう言って、アロウは外へ目線を向けた。
「綺麗だな」
そう呟いたアロウにつられ、私も外の景色を見る。
さっきまでの曇り空は消え、空からは光が差し込み、草木がキラキラと輝いていた。――確かに、綺麗だ。
外を眺めていると、ざわついていた心が少し穏やかになった。
その感覚を感じながら、私は薄く口角を上げて言った。
「……本当、綺麗ですね」
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