5話 酒場オーリム

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5話 酒場オーリム

 「……めちゃくちゃ良い調子なのでは?」    思わず呟きながら目の前の光景を見つめる。  ――十冊の本が宙に浮いた、その光景を。    「え、もしかして私、天才なの?転生物のテンプレコース?」    ――みんなが持ってる力を持っていないってのも、テンプレだしなぁ。    そんな事を言いながら、浮かせた本を本棚へ飛ばす。  浮かせた本を本棚へ収納するのにもすっかり慣れ、本達は吸収されるかのようなスムーズな動きで収納されていく。  その光景はまるで、パズルゲームをサクサクと進めているかのようで、なんだか、見ていてとても気持ちが良い。    「これで、最後の本……っと」    最後の一冊を本棚に収まるのを見届けて、私は溜息を吐いた。    ――やっと終わった!そう思いながら、バキバキに凝り固まった体を伸ばすように天井に向かって伸びをした。  ……かなり集中していたらしい。伸びと同時に、肩がパキリと音を立てた。  伸ばしていた腕を、詰まっていた息を吐くと同時に降ろして目を開ければ、目の前の惨状が嫌でも目に入った。    「……まだ終わりじゃないか」    呟いて、私は部屋を見渡した。……そこには、埃に塗れた床が一面に広がっているのだ。  ――どんだけ掃除してなかったんだろ。  生活能力の全くない師匠の顔を思い出しながら、私は溜息を吐いた。  「……さて。どう掃除したものか」  風の魔法を使えばいいのだろうか。……でも、それだと埃が舞うからちょっと嫌だ。  水の魔法?……床をびしょびしょにしてしまうのは、掃除の手間が増えてしまうだろう。    どうしたものか、と考えて数秒。  ――あ、もしかして。と、一つのアイデアが頭の中に閃いた私は、独り言の様に呟いた。    「物質への変換は、イメージが大切……」    アロウの言っていた事を思い出しながら、私は想像する。  魔力の流れを速めながらイメージすれば、それは簡単に手のひらに溢れた。    「わっ」    私は慌てて、零れないように両手で掬う。――魔力を水に変換できたのだ。    「これを、こう」    手のひらに溜まった水を、魔力で包み込んで、私はイメージをした。本と同じ、浮かせるイメージで。  するとそれは、いとも簡単にぷかりと宙に浮かんだ。    私はそれを指揮者の様に指で指示を出し、埃の溜まった床へ滑らせた。  水の滑った後を見て、私は確信した。      「これは、いけるのでは?」    水の塊が滑った部分の床は、埃を吸着させ、元の色を取り戻していた。  ――リリア流ワイパーの完成だ!  そんな事を考えて数秒後、私は肩を落として呟いた。    「……ワイパーってちょっとダサいかな……」  *    「帰ったぞー」    「あ、帰ってきた」  掃除が終わって数分後、玄関から我が師匠の声が聞こえた。  声だけで機嫌の良さが伝わってくる。多分、酒でも引っかけてきたのだろう。  彼女はこの部屋のドアを開けると、その瞳を大きく見開いて、キョロキョロと部屋の中を見渡した。      「……おお!?私が思ってたよりも綺麗になってるな!?」    嬉しそうに声を上げたアロウに、私は少し笑った。    彼女がこんな反応をするのも無理はないだろう。  本やゴミ、ましてや埃塗れだったこの部屋は今や塵一つなく、元の輝きを取り戻していたのだから。  笑みを浮かべたまま、私はアロウを見上げた。      「水の塊を床に滑らせて埃を吸着させるって方法で、掃除してみました」    「なるほどなぁ。いやー偉いじゃないか、私の教え通りイメージを大切にしてるな」    「うわっ、ちょっ」    そう言ったアロウは私の頭に手を置き、乱暴な手つきで私の頭を撫で始めた。  ぐらぐらと揺れる頭に「うぉっ」と声を出しながら、私は彼女の顔を伺った。とても上機嫌そうだ。    ――満足してもらえたみたいで良かった。  師匠の表情になんだか嬉しくなって笑えば、彼女も満足そうに「うんうん」と頷いて手を下した。      「さて。片付けも終わっているし、飯でも食いに行くか」    「あれ?家で食べないんですか?」    「ああ。ちょっと、紹介したい奴もいるし」    「紹介したい奴?」    ――誰だろう。先生の仕事上の知り合いとかだろうか?  そう考えながら首を傾げた私に、彼女は微笑みを浮かべて私に背を向けた。      「――お前のもう一人の師匠だ」  「……もう一人の、師匠?」  思いがけない言葉に、頭上のはてなマークが更に増えた。    *  「ここが私の行きつけ――酒場オーリムだ」    「おお……!」    アロウの家を出て、歩く事約十分。  たどり着いた店――酒場オーリムに足を踏み入れた私は、その光景に目を輝かせた。  木の温かみを感じる店内は、ぼうっとしたオレンジの光に照らされている。  ファンタジー世界の酒場というと、荒くれ者の溜まり場のようなイメージがあったが、この店は違うらしい。  老若男女問わない客層が楽しそうに食事を共にしていた。    ――ケルト音楽なんかが似合う雰囲気って感じだ。  そんな事を考えながら、客が食べている美味しそうな肉料理に目を奪われていると、一人の青年がアロウを手招きしているのに気付いた。    「アロウさん、こちらです」    「ああ。待たせたな、ユーリ」  こちらへ呼びかけている青年に気付くと、アロウはそれに答えながら彼の方へ進んでいく。  知り合いだろうか?疑問に思って、私は彼女へ問いかけた。      「先生、お知合いですか?」    「さっき友達になった」    「さっき友達になった!?」    ――なにその陽キャムーブ。  そう驚いている私を気にする様子もなく、アロウは青年の席に座った。  私も慌ててそれに続き、アロウの隣に座って青年の顔を見た。そして青年の顔に、私は驚いた。    ――美形だ。めちゃくちゃ美形だ。  体つきはしっかりと筋肉がついていて男性的なのに、ゴリゴリマッチョというわけではない均整の取れた体だ。  顔は中世的なイケメン。そして、一つに束ねた長い髪が色気を倍増させている。まつ毛も長い。すごい美形だ。  まじまじと見ている私を他所に、アロウは隣で話し始めた。      「紹介しよう。これが私の弟子、リリアだ」    「初めまして、君のもう一人の師匠になるユーリです。よろしくね、リリア」    「……えっあっ初めまして、よろしくお願いします……」      放心状態の私を無視して始まった自己紹介に、ついどもってしまいながらも、差し出された手を握り返した。  しかし、美青年――ユーリは、そんな私を気にする様子もなく、にこやかに話を続けた。    「しかし、魔法使いが体術を習おうだなんて。聞いたことありませんよ」    「魔法使いの弱点は近距離戦だ。若いうちから補っておいて、損はないだろ」    「確かに、それはそうだ」    「……うん?あの、待ってください。何の話ですか?」    嫌な予感に、私は二人の会話に口を挟んだ。  二人はきょとんとした様子でこちらを見てきた。  ――まさか。  嫌な予感に、汗が一筋垂れた。  ……私の予想は、しっかりと当たってしまう事になる。    「何って、リリアの体術の修行の話だけど」    「やっぱりー!」  声を出しながら、私は勢いよく項垂れた。  話しの流れ的にそうかもしれないと思ってはいたが、本当にその流れになるとは。  天井を仰いでいる私の様子を見て、ユーリが「あれ?」と不思議そうな声を出した。      「アロウさんから聞いてなかった?」    「初耳です……」      首を傾げながら問うユーリに、私は掠れた声で返答した。    ――魔法使いになるため、アロウに着いてきたというのに。  そんな思いを込めてアロウを睨めば、彼女は笑って口を開いた。    「まぁまぁ、そんな目で見るな。さっきも言った通り、魔法使いってのは近距離戦を弱点としている。体術を習わないからってのもあるが、そもそも魔法使いは体が弱い。若いうちから鍛えておけば、お前は最強の魔法使いになれるぞ」  ――なるほど。そういう事なら、まぁ。  心の中で(無理やり)納得した私は、口を開いた。      「うーん、そういう事なら」    「呑み込みが早いね……」    呑み込みの早い私にユーリが苦笑した。    ――こちとら、精神年齢、大人なんでね。  苦笑したユーリに心の中でそう言いながら、私は彼に笑顔を向けた。    そんな事をしていると、アロウが唐突に「あ」と声を漏らした。  何事かと、私達は彼女の方へ振り返った。      「リリアにはまだ紹介したい奴らがいる。……おーい、シルワ、オーリム!」      アロウが手を振りながら、カウンターへと呼びかけた。  少しすると、「はーい」という可愛らしい声と共に、一人の老人と少女がこちらへとやってきた。  老婦人は白髪で、皮膚はしわくちゃだ。相当年齢はいっているのだろうが、それを感じさせない覇気を感じる。  少女の方は、私と変わらないくらいの年齢だろう。くりっとした茶色い瞳がキラキラと輝き、とても可愛らしい。    「リリア、紹介するよ。こっちのかわいいのがシルワで、こっちのババアがオーリム。この酒場のマスターだ」    「リリアさん、初めまして!シルワって言います!よろしくね!」    「オーリムだ。……アロウ。お前さん、ちょっと表に出ろ」    「あ?やんのかババア?」  老人――オーリムと睨みあいを始めた師匠に、私は慌てて彼女の洋服の裾を掴んで引っ張る。  こんな人目のある所で、しかも老人相手に喧嘩だなんて、恥ずかしすぎる。      「ちょっと先生!……あ、私はリリアと言います。先生が御無礼をすみません」    「……驚いた。お前さんの弟子がこうも利口だとは。リリア、お前は師匠みたいになるなよ」    「ババア、はっ倒されたいのか?」    「先生!」    「アロウさん、オーリムさん。子供達の前ですから、もう少し礼儀正しい言葉遣いを……」    売り言葉に買い言葉、とはまさにこの事だろう。  私とユーリが大人二人を窘めていると、ちょんちょん、と私の服の袖が引っ張られた。  振り返れば、そこには服を引っ張った主――シルワが、様子を伺うようにこちらを見つめていた。      「シルワさん、どうかしたの?」  「あ、あのね。リリアさんも、スキルなしって本当?」  「えっ?」  ――リリアさんも、って?    突然切り出された言葉に、私はまじまじとシルワを見つめてしまう。  私の視線に、彼女は体をもじもじさせた。  ――つまり、だ。      「も、っていう事は、もしかして……?」    「わ、私もね、スキルなしなの。……私以外のスキルなしの人に初めて会ったから、嬉しい!」    思わず聞き返した言葉に、彼女は内緒話の様に小声で返してきた。  ――なんと。私以外にも、スキルなしは存在するのか。    はにかむような可愛らしい笑顔に、私も笑みを返した。    「私も初めて会ったよ!ねぇ、シルワさん。お友達にならない?」    「お、お友達……!うん、なる!お友達!」    私の提案に、彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねた。    ――この世界に来て、初めてのお友達だ。  嬉しさが胸いっぱいに広がり、つい、私の口は饒舌になる。    「良かった!……私、村ではスキルなしって理由で嫌われてたから。お友達もいなかったんだ」    「え、そうなの?スキルなしってだけで?」    「うん。なんか、女神ドミナから愛されてないんだーって」    「なにそれ、酷い!」    私の話を聞いて、シルワは眉間に皺を寄せた。    ――私のために怒ってくれるなんて良い子だな。  そう思いながら、私は「でもね」と付け足した。    「先生……アロウさんが、村の人達にキッパリ言ってくれたの。リリアは悪くない、って。あの時は嬉しかったなぁ」    「ふふ、アロウさんらしいね」    シルワは私の話に少し笑って、息を一つ吐いた。    「アロウさんはね、私にも優しくしてくれたの。……私ね、昔の記憶がないの」    「え?」    思いがけない言葉に驚いていると、彼女はその顔を暗くさせた。  少しだけ俯いたその顔は、少しだけ悲し気だ。    「気付いたらベッドの上にいて、傍にはオーリム様がいて。私、オーリム様に拾われたんだって」    「……そうなんだ」    そこまで話して、シルワは顔を上げた。    「最初は、何で何も思い出せないんだろうって悩んでたの。でもね、そんな時、アロウさんが言ってくれたの。〝無理に思い出す必要はない。お前はこれからの人生を歩めばいいんだから〟って」    「素敵なセリフだね」    「でしょ?アロウさんはね、本当に素敵な人なの。……オーリム様も、私に〝お前は幸せに生きなさい〟って言ってくれて。幸せを願ってくれてる人が側にいるだけで、私はもう、それだけでいいなって思ったの」    満面の笑みを浮かべた彼女を見て、私はアロウへと視線を投げた。    当の本人は大人げなくオーリムと喧嘩をしている。  それを見て、私は笑った。      「……そうだね」
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