6話 冒険者ギルド

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6話 冒険者ギルド

 「ッハァ!」    「おっ、と!」    「うわぁっ!」      地面を蹴り上げた私は、振り上げた踵をユーリ目掛けて落とした。    しかし、さすが体術の師匠なだけある。彼は腕でそれを制し、私の腕を掴んで地面へと叩きつけた。  咄嗟に体を丸めて衝撃の吸収を和らげたが、痛いものは痛い。一瞬、息が詰まってしまった。  視界に広がるのは、青空。  ――きれー。  そんな事を思いながら見上げる空は、真っ白な雲がゆっくりと流れていく様が美しく、なんだか雄大に感じる。  少しぼうっとそれを見つめていると、青空をバックに逆光のユーリが視界いっぱいに映り込んだ。    「ごめん、リリア!つい体が動いてしまって……!」    「……大丈夫ですよ、手が出ちゃうくらい私ができてるって捉えるんで。……あいたた」      ユーリから差し伸べられた手を取り立ち上がれば、彼は水筒をこちらへ渡してきた。  彼の顔からは申し訳なさそうな色は消えて、元の穏やかな微笑みを浮かべていた。    「そろそろ休憩しよう。ほら、水分補給、水分補給」    「ありがとうございます」    お礼を言って、水筒を受けとって口を付けた。  思っていたより喉が渇いていたらしい、水はするすると喉を通っていく。いつもより甘くて美味しい。  そんな時だった。少しだけ遠くから、「おーい」と声が掛けられた。  顔を向けると、そこには大きく手を振りながらこちらへ向かってくるアロウの姿があった。    「おーい、育ってるかー?」    「先生」    少しずつ近づいてくるアロウに、私は少し呆れた。    ――育ってるかって、他に言い方はないのだろうか。  そんな事を思いながら、目の前まで来た彼女を見つめた。彼女はいつも通り、穏やかな笑みを浮かべている。  その笑みを見ながら、ユーリは「あの」とアロウへと声を掛けた。そしてこちらを向いた。      「リリア、ちょっと休憩しておいてくれるかい?」    「え?あ、はい」    「ありがとう。……あの、アロウさん。ちょっといいですか」      そう言って、ユーリはアロウを連れて、少し遠くの木の陰まで行ってしまった。    水を飲みながら、遠巻きに二人を見つめる。  アロウはいつも通りの微笑みを浮かべていたが、ユーリはどこか真剣な顔をしていた。  *  「アロウさん、リリアはすごいですよ」    「すごいって、何が?」    突然そう切り出したユーリに、私は尋ねた。  彼の瞳はどこかいつもよりも輝いていて、まるで少年の様にキラキラとして見える。      「アロウさんは、魔法使いは体が弱いと言っていましたが、リリアは違うみたいで。呑み込みも早いし、もうすでに教えようとしていた範囲の体術のほぼほぼを覚えそうな勢いですよ!」    「……そうか」    興奮したように話すユーリに、私は少し思考に耽る。  思っていた通り。リリアという少女は、()()()()特別な存在の様だ。  考えていると、ユーリが不思議そうにこちらを見ていた。  そんな彼に、私は笑いかけた。      「うまくいっているなら、それでいい」  *  「リリア。冒険者ギルドに行くぞ」    「いきなり?」    「おお、それは良いですね!」    離れたところから戻ってきたアロウは、開口一番そう告げた。  アロウに賛同するユーリを見ながら、私は口を開く。    「何しに行くんですか?」    「リリアを冒険者として登録、そして依頼を受ける。――実践だよ、実践」    ――実践だって?  にやり、不敵に笑みを浮かべたアロウに、思わず口にした。      「もう、ですか?」    「なんだ、不満か?」    「不満っていうか、私まだ弱いと思うんですけど……」    ――あんまり、転生物の主人公感がないんだよな。  そんな事を思いながらも不安を口にすれば、アロウは「ふむ」と考える素振りを見せた。    「リリア。あの木に、風・炎・水の魔法で攻撃してみろ」    「え?あ、はい」    「まずは風」    アロウに言われた通り、私は魔法を発動した。    まず刀の様に鋭い風をイメージし、それを木へぶつける。  音を立ててぶつかったそれは霧散したが、木には刃で傷つけられたような跡が残っている。    「次、炎」    手で炎を作り出したしれは、変換する前の魔力に押し出されて真っ直ぐ木へと当たる。  ぼうっと木が炎上するが、私もアロウも冷静だ。    「次、水」    私は魔力を炎上する木の前と、木の上に集めた。そして、その魔力を水に変換。  木の前にできた水の塊は、勢いよく木にぶつかり、上にある水は雨になって木へと降り注ぐ。  そうして炎上した木を鎮火させると、またしても「ふむ」という声が聞こえた。    「これなら心配は要らない。ある程度の依頼ならこなせる」    「本当かなぁ……」    「お前の年でこれだけできるのはすごい事なんだぞ?自信持て」    アロウがそう言って明るく笑うも、私はまだ不安だった。  良く見る転生物とかだと、主人公はもっと特別な力があって、誰にも負けない強い力を持っている、みたいなパターンが多かったはずだ。  それか、外れスキルだと思っていたら実は……みたいな展開だ。  初めて本を浮かせる事が出来た時は「すぐに魔法使えるとか、私天才なのでは?」なんて思っていたが、楽観的なその思考はもうすでに、私の頭の中にはなかった。  スキルは持っていないし、魔力があるといっても、使える魔法は普遍的なものばかりだ。  ――私、本当に主人公なのかな。  考えても仕方のない思考に陥ってしまって、私は溜息を吐いた。      「……まぁ、そんな事考えてても仕方ないよね」    「良く分からんが、仕方ないと思うぞ」    アロウの適当な返しに、私は笑ってしまった。  ……この返しに笑ってしまったのも、きっと、仕方のない事なのだろう。  *      「ここが冒険者ギルド……!」    「お前は本当に良い反応をするな。さ、入るぞ」      〝冒険者ギルド〟と書かれた看板に、私は歓喜の声を上げた。  ――これぞ、ザ・ファンタジーな施設だよなぁ。そう考えてしまうのは、ファンタジー好きな人達はきっと理解してくれるだろう。    興奮した面持ちで看板を見上げ続ける私に、アロウはその建物へ入るよう促した。  ……入るとそこは、熱気にあふれていた。    大柄な男達がたくさんいる。  ある者は依頼の書かれた紙を、ある者は酒が注がれたジョッキを手にしている。    そんな中、若い女と子供のコンビと言うのは珍しいのだろう。  私達の存在に気付いた男達は、絶滅危惧種を見るような視線をこちらに寄越した。  ――治安悪ぅ。  アロウに着いてギルド内へと進みながらも、その視線はまるで獣の様だ。  確実に、女子供に向けるようなものではない。  アロウの横へ並んで、ちらりとその美しい顔を見上げた。  彼女の顔色は全く変わっていない。屈強な男達のこの視線を気にしていないようだ。  ――本当、この人って何者なんだろう。  考えながら歩いていれば、カウンターへとたどり着いた。  カウンター内にいる優し気な顔つきの女性はこちらに気付くと、その顔にパッと笑顔を咲かせた。      「アロウ様ではありませんか!お久しぶりですねぇ」    「ああ、サーヤ、久しぶり。今日は弟子の登録に来たから、受付頼むよ」    「あら、この子が?初めまして、私はサーヤ。よろしくね」    「リリアです。よろしくお願いします、サーヤさん」      男達の視線が集まる中、サーヤと呼ばれた女性と握手を交わす。  彼女――サーヤは、茶色の長い髪を三つ編みで1つに束ねている優しそうな女性だ。目の下にある黒子が素敵だ。    和やかに交わしている私達の会話が聞こえたのだろう、男達の囁き声が聞こえてきた。    「アロウって、あのアロウか?」    「赤髪に赤目、間違いない」    「アイツがアロウの弟子……」    「弟子の方もスゲー髪と目の色してやがる」      ――なんか、嫌な目立ち方だ。まるで、昔みたいな……。  思わず村にいた頃を思い出してしまい、嫌な意識から逃れる様に目の前のサーヤを見上げた。  目が合ったサーヤはこちらに優しく微笑んだ。眉は下がり、少し困ったような微笑みだ。    「リリアちゃん、あんまり気にしなくていいわ。それより、登録に来たのよね?」    「はい。あの、何をしたらいいんでしょうか」    「ちょっと待ってね。……はい、この用紙に必要事項を書いてもらえれば大丈夫よ。そっちのペン使ってね」    「ありがとうございます」      こちらへ一枚紙を手渡し、彼女は朗らかに微笑む。  ――登録用紙か。これに書いて提出すれば良いのか。  考えながら、私はその紙に書かれている項目を読んでいき――ある項目で「うっ」と声を漏らした。  〝所持しているスキル名、及び詳細〟。  そう、この世界ではスキルを持っているのが当たり前で、こういった機関に関わる時は自身のスキルの情報を提示しなければならないのだ。  すっかり忘れていたこの世界の常識に、私は頭を抱えた。    ――これ、所持スキルなしって書いたら、サーヤさんはどんな反応をするんだろう。  喉を引きつらせながら、サーヤを見上げた。  私に見つめられている事に気付いた彼女は、微笑みを浮かべたまま首を傾げた。    「? なぁに?分からない所でもあった?」    「え、あ、いや」    ――ええい、女は度胸!    覚悟を決めて……いや、開き直って、私は一心不乱にペンを走らせ、必要事項を埋めていった。  隣でアロウが肩を震わせているのが横目で見えたが、それは無視だ。人の不幸を笑う奴に構っている時間などない。  不安でバクバクと鳴っている心臓の音を聞きながら、私は項目を埋めた用紙をサーヤへ差し出した。      「……お願いします」    「はぁい」    用紙を受け取った彼女は、にこりとこちらへ微笑みかけ、その用紙に指を這わせ始めた。  きっと、記入漏れなどがないかチェックしてくれているのだろう。――ちゃんと仕事をしてくれているのは分かるが、私からしたらとても不安な時間だ。  緊張、というより、ストレスで頭がジンジンしてきた時だった。    「……んー?」    声を出しながら、用紙のある一点を見つめ始めたサーヤに、どきりと心臓が跳ねた。  ――まさか、スキルなしって事、突っ込まれるのかな。  そう考えてしまうと、思い出すのは村での記憶。  『全部、女神ドミナに愛されていないスキルなしのせいさ!』  責めるような八百屋のおばさんの声が頭の中に響いて、私は俯いた。  ……けれど、それは続かなかった。    「リリアちゃん、ここなんだけどー」    「は、はい!」    サーヤに話しかけられ、私は顔を上げた。  彼女の顔は、どこか険しい。――ああ、ここでも、スキルなしという事を責められるんだ。  苦しくなった胸に、私は手を当てて、彼女が次に口にする言葉を待った。      「――職業の欄、〝まほうつかい〟じゃなくて〝まほおつかい〟になってるから、書き直してくれるかしら?」    「……え?」    ――今、なんて?  思いがけない言葉にぽかんと彼女を見上げれば、「どうしたの?」と不思議そうな目で見つめ返された。  「あっいや、なんでもないです!」    慌てて手をブンブンと振りながらサーヤから用紙を受け取り、私はそこに目を落とした。――確かに、誤字をしてしまっている。緊張して間違えてしまったのだろう。  書き間違いに二重線を引いて、枠内の隙間に正しく〝まほうつかい〟と記入した私は、用紙を再びサーヤへと差し出した。    「お、お願いします」    「はーい。……うん、これで大丈夫よ。後、必要なのは……うん、登録料だけね」    「それなら、これで」    「はーい、承りました。……これでリリアちゃんも、晴れて冒険者の仲間入りよ」    にっこり、何事もないようにサーヤは微笑んだ。    彼女のその反応に呆気にとられながら、私は「あれ?」と首を傾げた。  ――もしかして、スキルなしだからって騒ぐの、異常な事なの?    ぽかんとしたまま笑顔のサーヤを見つめていれば、横から堪えたような笑い声が聞こえて、思わずそちらを向けば――アロウが肩を震わせて笑っていた。      「あの村がどれだけ異常か、分かったか?」  涙を浮かべて、おかしそうに笑う彼女の様子を見ていると、ふっと体から力が抜けてしまった。  ――なんだ。気にしていたの、私だけか。  私は生きてきた中で一番重い溜息を吐いて、彼女に言葉を返した。      「……はい、ものすごく」    「?」    首を傾げるサーヤに見つめられながら、私は再度、重い溜息を吐いた。
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