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8話 魔使い
「よし、来いっ!」
「ワンッ!」
合図すれば、魔使いがこちらに襲い掛かる。
今私は魔使い相手に防御魔法の練習をしている。
狼の群れの討伐の依頼は、この魔使いを引き取る形で完了となった。
村を襲った魔使いを生かす形になるので、依頼料は冒険者ギルドから村に返金してもらい、私達からもお金を払う事にした。
面倒事はごめんだから金で済まそう、という魂胆だ。
まぁ、自分達の村が襲われたというのにそれだけで済むのだから、あの村の人達は心が広いのだろう。
ギルドへはアロウが事の経緯を説明した。
余程信頼されているのだろう、怪我人を出していないとはいえ、村を襲った獣だというのに「アロウ様がそう言うのなら」と引き取る事を認めてくれた。
――アロウという魔法使いは、もしかしたらすごい魔法使いなのかもしれない。
そう思いながら横を見れば彼女は、帰宅中に買った焼き菓子を蕩けた顔で食べていて、〝すごい魔法使いかもしれない〟という予想に説得力がなかったのは記憶に新しい。
「よっ、と!良い感じっ!」
襲い掛かる魔使いの攻撃を、私は魔力の壁で塞いだ。
魔力というのは本来、霧のように実体がない。
それを圧縮し固めるイメージをするか、はたまた物質へ変換するイメージをする事によって〝魔法〟というものになる。
アロウは〝魔法はイメージの世界〟と言っていた。
それに間違いはないが、少なからず理屈は存在していたようだ。それを知ってからは、イメージそのものもしやすくなった。
「今度は噛み付いてきて!」
「ワンッ!」
勢いよくこちらへ向かってくる魔使いに、私は咄嗟に腕で身を守る。
そして腕に魔使いの鋭い牙が届くその瞬間、腕に魔力を纏わせ、その魔力を圧縮して硬質化させた。
「グァルッ!?」
「っ……できた!」
魔使いの牙は魔力に阻まれ、腕に届く寸前で動きは止まっていた。
自分の牙が通らない事を悟ったのだろう、魔使いは噛み付く事をやめ、地面に華麗に着地した。
「やった~!お前のお陰で、いろんな防御魔法の可能性が開けたよ、ありがと~!」
「ワンワンッ!」
私はしゃがんで魔使いの頭を撫でまわす。
すると犬……いや、狼?にも表情があるんだな、と思わせるような顔で尻尾を振るのだから、本当にかわいく思えてくるものだ。
「すっかり仲良くなったな」
「あ、先生」
魔使いとじゃれていると、アロウとユーリがやってきた。
二人からすると、幼い少女と犬が戯れている様に見えるのだろう。二人共、穏やかな顔でこちらを見ていた。
「どうだ、うまくいってるか?」
「はい。身を守る魔法を何種類か試してみたんですけど、どれも良い感じです」
「そうか、それは良かった。この魔使いのお陰だな」
「そうなんですよ~。人間の言葉も理解してくれるから、本当に助かります」
「へぇ。魔使いって初めて見るけど、アロウさんの言う通り本当に従順なんですね。……ちょっと触ってみても良いかな?」
そう言ってそわそわと指を動かすユーリに「どうぞ」と場所を譲ると、彼は魔使いへと近づき、わしゃわしゃと首を撫でまわした。
優しい手つきに「もっと」とでも言いたげに魔使いに身を寄せられたユーリは、キラキラとした表情をしている。……こんなに少年の様な顔つきをした彼は初めて見た。
その光景を見ていたアロウは「それで」と言葉を続けた。
「こいつに名前は付けてやらないのか?」
「名前……」
「こんなに懐いてくれて練習にも付き合ってくれてるんだ。名前くらい付けてやれ」
「そうですよね。……うーん、名前かぁ」
――名付けるのって、何気に難しいよな。
そう思いながら、私は頭をひねる。
スタンダードなのは人や物、食べ物の名前とかだろうか。
……大福、とか?いや、狼の見た目で大福はギャップがすごい。なんかかわいそうだし、やめておこう。
うーん、と頭を悩ませていた、その時。
――ひらり。頭上で何かが舞い散るのが見えて、そこへ目を向けた。
「あ……」
――シクルスの花びらだ。
シクルスというのはこの国の春のシンボルの木で、春になると白い花を咲かせる。前世でいうところの桜だ。
上を向けば、まだ春ではないのに花を咲かせているシクルスの木があった。狂い咲きだ。
花弁はゆらゆらと揺れて、魔使いの頭の上に乗った。――決まった。
「……サクラ」
「ん?」
「この子の名前、サクラにします」
「サクラ、か。遠い東洋の国の響きに似ている。良い名だ」
ふっと微笑んで、アロウはユーリに撫でられたままの魔使い――サクラを撫でた。
そうして少しの間撫でられたサクラは「ワンッ」と吠えて、二人の間を通り過ぎ、私の前でお座りをした。
……なぜかこちらを見上げたままじっとしている。期待を込めた眼差しで。
「なになに、何かしてほしい事でもあるの?」
「飯が欲しいんじゃないか?」
「え、お前、お腹空いてるの?」
アロウの言葉に、サクラへ問いかければ「クゥーン」と寂し気に鳴いた。マジか。
「魔使いって何食べるんですか?」
「前にも言った通り、魔使いは魔力を糧に生きている。お前の魔力を分けてやれば満足するだろう。一番効率が良いのは、血を与える事だな」
「血!?」
「そ、それは……なんともワイルドな餌やりですね……」
アロウの言葉にユーリが頬を引きつらせた。
血と聞いた私は嫌な予想をしてしまう。――この子のご飯の度に、私、血を流さなくちゃいけないの?と。
……そんなのは絶対に嫌だ。痛いのはできるだけ避けたい。
そう思って、私は必死に頭の回転数を増やして、沸き上がったアイデアをアロウに提案した。
「魔力入ってればなんでもいいんですよね?」
「まぁ、食えるものならな」
「じゃあ、魔力を込めた水とか、魔力をまぶした肉とかでもイケるって事ですよね!?」
「……うん、やってみる価値はあるな」
必死の提案に頷いたアロウを見て、私は魔法で水を生成する。
ぷかりと宙に浮く水の塊に手のひらを翳し、魔力を注ぐ。
目で魔力の流れが見える様に集中すれば、手のひらから青白い魔力の霧が、水の中へ注入され渦巻いていく。
そうしてたっぷりと魔力を含んだ水を、飲みやすいようサクラの顔より下の位置で浮かせた。
「サクラ、飲んでみて」
目の前に浮かんでいる水の塊をの匂いを嗅いで、サクラはその水に口を付けた。
一瞬動きを止めたサクラに「えっもしかして無理そう?」と思った私だったが……それは杞憂に終わった。
「ワフッ!」
変な声をあげながら、サクラは一心不乱に水を屠り始めた。……そう、飲み始めた、というのには生易しい勢いだった。
それを見た私はなんだか嬉しくなってしまって、その柔らかな頭を撫でる。
「美味しい?」
「ワフッ、ワンッ!」
「それは良かった」
頬を緩ませてその光景を見ていると、後ろから「リリア」と声を掛けられた。
振り返ればユーリが真剣な表情をしていた。一体、何なのだろうか。
「リリア、それは良くない」
「え?」
「……食事中の犬に急に触れるのは、犬から〝ご飯を取られる〟と誤解されてしまう」
「え、あ、はい。気を付けます」
キリッと真剣な眼差しで言われた内容に少し呆けながら返事をする私に、ユーリは満足そうに頷いた。……サクラは犬ではないと思うが。
そのやり取りを見ていたアロウは、少し笑って「普通の犬はそうだな」と口を開いた。
「しかし、サクラは賢い。ちゃんとリリアから与えられたという認識ができているから、触れても大丈夫だろう」
「なるほど。それなら、遠慮なく」
聞いた内容に納得して、私はサクラの頭を、背中を撫でる。
結構大胆な撫で方をしているというのに、サクラは水に夢中のままだ。
「ワンッ」
「おお、全部飲み切ったのか、偉いねぇ。……ん?」
最後の一口を丸呑みし、水を飲み干したサクラを褒めていると、違和感を感じた。
――なんか、サクラが光っている?
「ってか、え?光、だんだん強くなって」
強くなってる、と最後まで言い切る事はなく。
私たちを飲み込んでしまうほど輝いた光に、私は目を強く瞑った。
……それは数秒続いただろうか。
瞼の裏が暗くなったのを感じて、私は恐る恐る目を開けた。
「………………えぇ!?」
――目の前に、真っ白で大きな狼がいた。
「サクラ、なの?」
「ワンッ!」
「……えぇー、マジ?」
「サクラ、一気に成長したね……ちょっと顔を埋めてもいいかな……?」
「ワンッ」
サクラの了承を得て、ユーリはそのモフモフな胸元に顔を埋めた。
顔は見えないが、彼の背後から幸せオーラが出ているのが分かる。……というか、いやいや、それどころじゃないでしょ。
「何がどうなってるの……」
「お前の魔力を取り込んで、魔使い本来の姿に戻ったんだよ。――おめでとう。サクラは晴れて、お前の魔使いになったぞ」
「はい?」
アロウが説明してくれた内容に、私はその顔を見上げた。――私の、魔使い?
「え、でも、魔使いって魔人に仕える存在なんじゃ」
「正確に言うと、それは違う。魔使いは魔力を与え続けた獣の姿。しかし、与える側が魔人である必要はない。重要なのは、動物を魔使いに仕立て上げられるほどの魔力を持っているかどうか、だ」
「……つまり私は、サクラを魔使いの姿に戻してしまうほどの魔力を与えてしまったわけですか……」
「そうなるな。お前、魔力量すごいから」
「そうだったんだ……」
――どうやら私は、しっかりとテンプレを踏んでいる存在になっているらしい。
きっとこれから、転生物の主人公の様にたくさんの事件に巻き込まれてしまうんだろう。
その事実にホッとしながらも、どこか怖い気持ちにもなる。なぜなら物語の主人公というのは、辛い思いをたくさんするものだからだ。
――私、わがままだな。
そう思いながら、私はユーリとじゃれついているサクラを見た。その光景は、まるで幸せを凝縮したような、暖かなもので。
見ている内に、私の心の緊張は解れていき「まぁ、いっか」という思考に落ち着いてしまったのだった。
「……あ、ちなみに魔使いは魔法を使えるから、修行の相手になってもらえ」
「めっちゃチート」
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