おかしな事故物件

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「で、どんな物件をお探しなんですか」 「春だろ?」 「……春ですね?」 「新入社員を住まわせる部屋が必要なんだよ。そうだな。一戸建てがいい。外人可能で社宅可能な部屋だ」  男は一枚の名刺を差し出した。聞かない名だが、この流れはなんとなく想像がつく。 「あなたタコ部屋にするつもりですか」 「ばっ。そんなんじゃねえよ、人材派遣会社の社宅だよ」 「つまり就労許可不確かな名も知れぬ外国人が共同生活する場所ですね」  そうして計悟は目の前で言葉を詰まらせる男の素性を推測した。  倉科不動産には業者に断られた地主も訪れるが、業者に断られた客も来るのだ。外国人に賃貸する場合、何が困るかと言えば文化の差だ。日本人なら当然である部屋を綺麗に使うという常識もない外国人や、ゴミ捨て場にゴミを捨てるという意味を理解しない外国人もそれなりにいる。夜中に騒ぐことも多い。つまり近隣のトラブルになる確立が高いのだ。 「事故物件以前の問題です」 「そ、そこを何とかよ」  男はパチリと両手を合わせて計悟を拝んだ。  事故物件をあてがっても、それ以外の原因で揉め事になるのは御免である。春になれば新しい人員を取るのはこの国のならいで、この男にとって引越し先たる社宅の必要性と緊急性はそれなりに高いのだろう。そしてきっと散々に断られてここに来たのだ。この時点で既に男と計悟の力関係は逆転していた。 「一つだけご紹介できる物件がございます」 「本当か!」 「ただしお客様の事情が特殊ですので、本来10万円の賃料ですが15万円でどうでしょう」  最初から15万円で提示すればよいのに正直に値段を話すところが計悟らしいところではあるが、 「何ィ! 事故物件ってのは安いんじゃねぇのかよ」 「お客様であれば十分元がとれる価格ですよ。それに心霊感というのも国によって随分違いますからね。例えば仮に幽霊が出る物件をご紹介してもそちらに何のデメリットもなさそうですし。幽霊が外国語を話せるとも思えませんから」  男は当然のように幽霊が出ることを前提とした計悟の言葉に絶句した。 「その値段でもご検討頂けるのなら内見に行かれますか? 古くて少し駅から遠いですが、3LDKで何人住んで頂いても結構です。いつ引っ越ししても結構ですし、見て頂ければ安いとご納得いただけますよ」  男はしばし虚空をにらんで考えている風情を出したが、おそらくさほど考えてもいないだろう。せいぜい30人詰め込めば1人頭月5000円で済むという計算程度だ。 「とりあえず、見たい」
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