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「いや、そういう噂聞いたんすよ」
「困りますねぇ、変な噂ばかりで」
そのややチンピラ風の男性客の言葉に、倉科計悟は本当に困っているのかなと自問自答した。先日、先代である計牾の父が死亡して不動産業を受け継いでから、少し業態を変えるべきかと思案していた矢先のことだ。計牾の営む不動産屋は有限会社倉科不動産という。キャッチコピーとしてその前に『くらし安心』とつく。洒落てるのかダサいのか、計牾には判断がつきかねた。
地元の覚えめでたい代々続く街の小規模店舗だが、その覚えのめでたさの方向が少々おかしい。つまるところその変な噂とは、倉科不動産が扱う物件は事故物件ばかりだという噂なのだ。けれども最近の売上としては、それで食っていっているようなものである。
「うちも必ずしもそういうのばっかりじゃないんですよ、普通のもあります」
そうは言ってみたけれど、普通の物件など最近では大手業者やネットに客を取られ、小規模不動産業としては先細りなのが現状である。だってそれらの物件は誰でも真っ当に扱えるんだから。
「ってことはあるんだな! 事故物件! 丁度引越し先に困っててよ!」
男は俄然身を乗り出し、その分計悟は後ずさる。
「そりゃぁあることはありますが、ちゃんと説明を受けたという確約書はもらいますからね」
そう告げれば、男はわずかにひるんだ。
不動産を業として賃貸するにあたり、様々な告知義務がある。たとえば過去にその部屋に死人が出たかどうか、などだ。一昔前は途中で一人挟めば義務がなくなるという話もあったが、最近ではその説明義務の範囲がどんどん拡大している。正直な所、向かいの家の人死にや隣の住人の奇行など、どこまで説明すれば責任を免れるのか不確かだ。このように事故物件というものは極めて扱いが面倒くさく、普通の業者は扱いたがらない。
そういう様々な事情で真っ当な業者に断られた地主が噂を聞いて倉科不動産にたどり着く。
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