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「おはようございます。おまわりさん」 「はい、おはよう。横断歩道は一度止まって左右の確認してから渡ろうね」 「はーい」  八代葉月二十二歳は駅前交番のお巡りさん。高校から始めた柔道と父親譲りのガッチリ体型で子供たちとお遍路さんの多い町を見守る。  今日は小学校の登校指導で教師やボランティアと共に校門の前に立っている。県内では昔からほとんどの小学校で制服が決まっている。七月の今、男子はポロシャツと半ズボン、女子はスカート姿で通学する。 「おはよう」 「おはようございます。佐藤のおじちゃんと今日はお巡りさんもいる」  四年生の夏井タツオがニコニコと葉月に近づいてきた。彼は駅近くのアパートに住んでいるので毎日の登下校時に交番に顔を出す。ゲーム好きで友達と外で元気に遊ぶ姿も見かけて、葉月は自分の小学生時代と似ているなと常々感じている。 「おはようございます」  すぐ後から挨拶をしてきたのは同じ登校班の安芸ミツル。彼は面長で普段おとなしいが面倒見が良いので、よく夏井の世話をやいている。 「きのう遅くまでゲームやってたら母ちゃんに叱られた。宿題はしてからやってたのになー」  夏井が不服そうにランドセルを揺らす。 「遅くまではダメだろ、今日は学校なんだし」  大きな身体を屈めて葉月が言う。 「だって……ラスボス出たら戦うじゃん?」  ほっぺたを膨らませて葉月を見上げる。 「そりゃまあな、気持ちはわかるけど。……じゃあ、お母さんのお手伝いして次の日が休みの時にお願いしたら?ちょっとだけ長くゲームしてもいい?って」 「えー?んー、んー、うん。わかった!そうする」 「行こう、たっちゃん」 「うん。行ってきまーす」  手を振って校舎に入っていく後ろ姿を見送っていると、横にいた佐藤がニヤニヤしている。交通ボランティアの佐藤は葉月の中学の担任だった。退職後は民生委員をし、自宅で塾を開いて地域の子供たちを見守っている。 「上手いこと言うなあ八代よ。ゲームばっかりして宿題やっつけで提出してたお前が」 「…………佐藤先生、人聞きの悪い。俺はちゃんとしてましたよ」  と返したものの担任以外にも授業を受け持ってもらったので、葉月のことはすっかりお見通しである。  他に遅れてくる児童がいないのを確認して佐藤は交通指導員のたすきを外した。 「まあそういうことにしておくか、じゃあ帰るぞ。またな、お巡りさん」 「はい、お疲れさまでした」  会釈して佐藤を見送る。 (確かに中学時代はゲームを取り上げられない程度にしか勉強はしてこなかったけど…………)  と、隣で肩を震わせている人物がいる。 「なんだよ、渉。なんか言いたげだな」 「葉月は小学生の頃、おばさんのお手伝いとか、してたかなーと思って」 「はぁ?してたし。チョーしてたね!」 「ふふ」  意味ありげに笑うのは三年生を受け持つ仲村渉。六歳年上で、生まれた時からのお隣さん。そして今は葉月の恋人だ。  今では百九十センチ近い身長の葉月と、百七十センチ台で細身の渉では一見しただけではどちらが年上かわからない。中学の頃はその年齢差に悩んだこともあったが、気持ちが通じあえば昔ほど気にならなくなった。  ただこうして子供の頃のことを言われると、当時の幼い自分が思い出されて恥ずかしくなる。 「仲村先生、もう登校時間も終わったので職員室の方に戻りましょう」  同じ三年の担任の錦野に会話を遮られた。 「そうですね。じゃあまた、八代巡査」 「──ええ、また。仲村先生」  そう言って唇の端を上げたが、葉月の目は笑っていなかった。  錦野は渉と同い年の男性教諭だが、葉月はある男を思い出して以前から気に食わない。  それは高山という渉の大学時代の同級生だ。高山は自分にも忘れられない男性がいて、渉が中学生の葉月を好だと知ってもセフレのような関係を続けていた。やがて葉月と渉が付き合うようになり、想い人と再会した高山は二人で幸せに暮らしているのだが……。  渉の話に時々出てくる錦野が、学校行事で会ってみると顔立ちが高山と似ている気がした。たまに飲みに誘われたと聞くと、かつての憎きライバルと重ねてしまう。渉の初めての──自分以外が渉を抱いた唯一の男。 「はああー」  葉月は大きなため息をついて黄色い横断旗をくるくると巻いていると、女性の声がした。 「お疲れさまです。校長先生がお呼びです」 「ああー、新井先生。報告書ですね」  学年は違うが担任をしている新井の名前は渉からよく聞く。学校で紹介された時に同年代と聞いていたがずっと若く見えた。  教師同士で交流があるのは当然だが、もしかして彼女も渉に好意を持っているのではと、誰も彼もがライバルに思えてしまう。 (俺のヤキモチ……エグいな)  ふう、と今度は周りに聞こえないように小さく息をついた。
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