八神一《ハジメ》

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八神一《ハジメ》

 決してにだけは頭を下げたくはなかった。  アイツというのはボクの父親の鬼堂豪(きどうゴウ)だ。  父親と言っても、先日までほんの数度しか会ったことがなかった。  鬼堂豪は好色家で放蕩の限りを尽くし、有り余る資産にモノをいわせ結婚離婚を繰り返していた。  今の本妻で五人目だろう。  さらに息子たちよりも若い愛人もいた。  ボクの母親も三人目の再婚相手だった。  その後、(しいた)げられた母親は鬼堂豪と別れた。  (てい)よく後妻らに追い出された形だ。  以来、鬼堂豪とは一度も顔を合わせることなく数年が経った。  この先、会うこともないだろう。  今でもボクは鬼堂豪(きどうゴウ)のことは怨んでいた。    だが、そんなことも言っていられない。    その母親が病に倒れ、臓器移植のため莫大な手術代が必要になったのだ。  しかし情けないがボクにはそんな大金を用意する当てもない。    さすがに背に腹は変えられないだろう。  どんなに悔しくてもあの父親(ひと)から無心しなければ母親を助けることができないようだ。   借金のためボクは詰まらないプライドを捨てた。  何度目かの無心だ。  嵐の晩、ボクはあの鬼堂豪(ひと)に呼ばれて屋敷へ赴いた。  傘も役に立たずヒドく濡れたが、なんとか約束した時間に鬼堂豪の書斎を訪れた。  あのヒトは自分には甘く時間には厳しい人だった。  ほんの少し遅刻しただけで遺産相続人から外されては堪らない。  本妻の案内でボクは父親の待つ書斎を訪れた。 『コンコン』   書斎の重たいドアをノックしボクはドアノブに手を伸ばした。 「ハジメです。入ります」  ボクはひと(こと)断わってから書斎のドアを開けた。 『カッゴロゴロゴロゴロッ!』  一瞬、閃光が疾走って雷鳴が轟いた。 「うううゥ」  次の瞬間、凄惨な光景がボクの目に映った。     「うッ!」  そこには鬼堂豪の無残な姿があった。 「……」  ボクは言葉を発することもできず、ただ立ち尽くしていた。  めまいがするほど血なまぐさい臭いが漂っていた。 「うッううゥ……」  吐き気がしそうだ。 「キャァァァァーーーー」  ボクの背後で悲鳴が聞こえた。  思わず振り返ると本妻が失神して倒れそうだ。 『ゴロゴロゴロゴロォーーーー』  つぎの瞬間、また耳をつんざくような雷鳴が轟いた。  
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