7人が本棚に入れています
本棚に追加
八神一《ハジメ》
決してアイツにだけは頭を下げたくはなかった。
アイツというのはボクの父親の鬼堂豪だ。
父親と言っても、先日までほんの数度しか会ったことがなかった。
鬼堂豪は好色家で放蕩の限りを尽くし、有り余る資産にモノをいわせ結婚離婚を繰り返していた。
今の本妻で五人目だろう。
さらに息子たちよりも若い愛人もいた。
ボクの母親も三人目の再婚相手だった。
その後、虐げられた母親は鬼堂豪と別れた。
体よく後妻らに追い出された形だ。
以来、鬼堂豪とは一度も顔を合わせることなく数年が経った。
この先、会うこともないだろう。
今でもボクは鬼堂豪のことは怨んでいた。
だが、そんなことも言っていられない。
その母親が病に倒れ、臓器移植のため莫大な手術代が必要になったのだ。
しかし情けないがボクにはそんな大金を用意する当てもない。
さすがに背に腹は変えられないだろう。
どんなに悔しくてもあの父親から無心しなければ母親を助けることができないようだ。
借金のためボクは詰まらないプライドを捨てた。
何度目かの無心だ。
嵐の晩、ボクはあの鬼堂豪に呼ばれて屋敷へ赴いた。
傘も役に立たずヒドく濡れたが、なんとか約束した時間に鬼堂豪の書斎を訪れた。
あのヒトは自分には甘く時間には厳しい人だった。
ほんの少し遅刻しただけで遺産相続人から外されては堪らない。
本妻の案内でボクは父親の待つ書斎を訪れた。
『コンコン』
書斎の重たいドアをノックしボクはドアノブに手を伸ばした。
「ハジメです。入ります」
ボクはひと言断わってから書斎のドアを開けた。
『カッゴロゴロゴロゴロッ!』
一瞬、閃光が疾走って雷鳴が轟いた。
「うううゥ」
次の瞬間、凄惨な光景がボクの目に映った。
「うッ!」
そこには鬼堂豪の無残な姿があった。
「……」
ボクは言葉を発することもできず、ただ立ち尽くしていた。
めまいがするほど血なまぐさい臭いが漂っていた。
「うッううゥ……」
吐き気がしそうだ。
「キャァァァァーーーー」
ボクの背後で悲鳴が聞こえた。
思わず振り返ると本妻が失神して倒れそうだ。
『ゴロゴロゴロゴロォーーーー』
つぎの瞬間、また耳をつんざくような雷鳴が轟いた。
最初のコメントを投稿しよう!