歌う

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 不思議なことに、以前なら絶対に遭遇していた時間に紗綾に会わなくなった。  紗綾への苦手意識はもうないのに……  少し物足りない。    “歌う会”に入ってから、きっと、何か大きな変化が起こっている。  美々子が本屋で“ボイストレーニングの本”を探していたら、偶然にも有希子に会ったのも、その1つ。  中学を卒業してから交流が途絶えていたので、久しぶりの再会で少し気持ちが、はしゃいだ。   「部活?」    有希子が美々子の手にしていた本に目を留めて、尋ねてきた。   「うん。軽音同好会に入った。通称“歌う会”。私も文化祭で歌う予定だよ」   有希子は一瞬、目を丸くした後に、少し沈んだトーンで教えてくた。 「紗綾が学校を辞めたのを、知っている?」 「えっ!何で?」  驚いた美々子は咄嗟に聞いた。 「挫折かな……私は初めから、紗綾には、あの学校は無理だと思っていたんだ。紗綾の家って、おばさんも見栄っ張りなんだって、母が言っていた」  美々子は言葉もない。 (そうなんだ……)    頭に浮かぶ言葉はそれだけだ。  脳味噌が考える事を拒否している。 「そうだ、文化祭は他校生も入れる?」 「うん。招待するよ」 「私は参考書。もう、大学受験の準備。梓も1年生でレギュラー候補らしいよ。じゃあ、絶対に招待してね」  有希子も同じだ。  心に、紗綾はいなかった。    16歳は、モラトリアム。  だからこそ、好きなことを我慢しない。  美々子は歌う。  紗綾のお陰のような気がした。
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