歌う

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 そして、ゴールデンウィーク開け。  強硬手段に出ればPM3時43分の電車に乗れることが判明した。  終業のチャイムが鳴ると、美々子は鞄を掴んでクラスの皆と揃って立礼。  顔を上げると同時にダッシュで教室を出ていった。    苦笑いの教師も事情を考慮してか、咎めることはしない。  父子家庭の美々子には洗濯物の取り入れに、夕飯の支度といった家事が待っている。  けれども、それは都合の良い事実というだけであって、本当の理由は違う。  電車を1本遅らせると、ローカル線の乗換駅から幼馴染みの紗綾と同じ電車で帰ることになる。    美々子は、それが嫌なのだ。  紗綾との出会いは幼稚園。    当時から紗綾は美々子を従えていた。  記憶は無いが、紗綾と写った美々子の写真は、どれも表情が引きつている。  しかも、それは小、中学校と続き、主従関係から解放されたい美々子は紗綾が絶対に受験しない公立の高校を選んだ。  それが、N市立工芸高等学校。  美々子は父と同じ左官職人になろうと思っている。 「お前も……訳あり?」  そして、廊下に出ると、後ろからクラスメートの喜田の声がした。 「うん。……(うち)父子家庭だから……喜田くんは?」   「俺、バイト。学費自分持ち……」  話し掛けてくれたのは嬉しいが、美々子は全力疾走中。  これ以上の会話は無理だ。 (えっ!)  急激に上昇する心拍数は運動量のせい?    喜田は察したように先を行くと、美々子の手を引いて走ってくれた。  そして、ホームに停車していた電車に、駆け込み乗車。   「偉いね」  美々子は恥ずかしさを誤魔化すために、息も切れ切れに言葉を発した。  同じように息が上がっている喜田は隣で吊革に掴まっている。  並んで立つと162センチの美々子よりも少し低い。  けれども特待生の喜田は、何をするのも機知に富んでいて、既にクラスではリーダー的存在に定着。  女子からも人気がある。 「そりゃ、相良だろ。母子家庭の奴も4人いるけど、普通に部活に入って遅くに帰るぞ」 「そっか……きっと、私もやろうと思えば出来るんだよね……」    ちょっとした戒めの言葉だ。 「入りたい部活は?」  美々子は首を傾げて考えてみるが、今は思いつかない。   「特にないかな~」 「じゃあ、無理して入ることないよ」 「喜田くんは?」 「俺は……バイトが趣味みたいなもんだから。見習を兼ねて(かねて)建具屋に行っているんだ」 「へ~やっぱり凄い~」  驚いてみせた美々子は、どこにでもいるような、ちょっと冴えないJKにすぎなかった。            
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