歌う

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   美々子のクラスでは1週間単位で掃除当番が回ってくる。  だから今週はPM3時43分の電車に乗れない。  美々子は、この5日間だけは、のんびりとクラスに残ることに決めていた。  いくら家庭に事情があっても、クラスメートとの時間は大切にしたいと思う。    それに……  1時間は電車を遅らせないと紗綾に会う(おそれ)がある。  大人から見れば、下らない理由だろうが16歳には深刻な問題だ。 「ゴミ捨て、行ってくるね」  そして、掃き掃除が終わると、美々子はゴミ捨てを買ってでた。    校舎の東側には各課の専門棟があるので、探検気分で、うろついてこようと思っている。 「よ・ろ・し・くぅ!」    喜田が美々子に向かって、声を掛けてきた。  戯けた調子は照れ隠しだろうか……  教室を出た美々子は甘酸っぱい気持ちに緩んだ顔を掌でピシッと挟んだ。    あれから毎日のように一緒に帰っている。  やはり喜田も高校生の本道は見失わないようで、掃除当番はサボらない。    美々子は喜田をどんどん好きになっていく。  そして1階まで下りた美々子が、上機嫌に“アニソン”を口ずさみながら校舎裏を歩いていると、紫のロングヘアーの男子生徒が部室棟の方からやってきた。    美々子は慌てて口を噤む。  N工芸は自由な校風で有名だが、流石に紫のロン毛は校則違反だ。  余りの大胆さに、擦れ違った後も身体を捻り目で追ってしまった。    すると、紫のロングヘアーが校舎裏の部室棟に入っていく。    美々子は何の部室か興味を持ったが、取り敢えず、ゴミ捨て場に向かった。  そして、教室ヘの帰リ道で、今度は緑色のお洒落坊主が同じ部活棟の扉を叩いているのを目撃。    背中に何か背負っていたが、遠目では何だか判然としない。    美々子は気になってしかたなかったが、得体の知れない2人をクラスメートに早く教えたくて駆け出した。   「ねぇ、誰か裏の部活棟の右端って何部か知っている?」  教室に戻った美々子は、誰かに聞こうと声を張った。  よく通る、ハイトーンにクラスの皆が一斉に振り向いたが、同時に首を横に振っている。 「おい、タカ!聞いているぞ」  すると、喜田が、ヘッドホンで耳を塞いで、座っていた熊沢を揺すぶりだした。 「何か言った?」 「お前、裏の部室だろ。相良が教えてくれって」   「歌う会だ」  美々子は熊沢が口にした、ストレート過ぎる部活の名前に唖然とした。 (歌う会……歌う会、って……歌う会?)  心臓がドキドキして痛い。 「ようするに、軽音学部だな。で、熊沢は凄いんだ。3年生から、一緒にバンドをやろう、って誘われているんだよな」  喜田は熊沢の肩を叩くと、大きな声で吹聴しだした。  すると、効果覿面。  ダラダラと後片付けを、していたクラスメートが皆、熊沢に注目している。  しかし、騒ぎとは裏腹に、美々子の気持ちは萎えていく。 「え~カラオケボックスで練習するの~」    誰かの言葉に、思い出したくもなかった、過去が浮上してきた……
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