歌う

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 高校進学前の春休み。  美々子は紗綾に誘われて初めてカラオケボックスに行った。  他のメンバーは有希子に梓。  幼稚園からの幼馴染ばかりだ。    小、中学校でそれぞれに新しい友達が出来ても、紗綾は、このメンバーで遊びたがる。  理由は、幼稚園の頃同様に女王様でいられるから。    衣装も美々子達3人はファストファッションのスエットプルオーバーにジーンズで、体型が隠れれば、それでいい、といった感じだ。  けれども、紗綾だけは襟元にレースがあしらわれた花柄ワンピースを着ていた。  紗綾は成績も運動神経も平凡だが、人一倍負けん気が強くて、目立ちたがり屋だ。  しかし、有希子は中学卒業時の成績が学年5番。  そして体格の良い梓はバレーボールでスポーツ推薦組。    実際は2人には敵わない。  だからこそ、何をしても鈍くさい美々子を従えて強勢を張っている。  ただ……  美々子は歌が上手かった。    1曲歌うと、有希子と梓が『歌手になりなよ~』と美々子を持ち上げだした。  けれども、紗綾の冷たい視線に押し黙ってしまう。  2人も察したようで、それ以降に美々子がマイクを握ることはなかった。    そして……  カラオケからの帰り道。    紗綾から送られてきたラインメッセージが…… 【今度、人前で歌ったたら絶対、殺す!】   美々子は、その時に4年前の事件を思い出して唇を噛んだ。  小学校5年生のときに、大好きな音楽の授業で先生に手拍子を褒められた。    日本人は通常、表拍でリズムを取るらしいが、美々子のリズムの取り方は裏拍。  裏拍はヒップホップ、ジャズ、リズムアンドブルース、と先生が口にするワードは中学生にはカッコ良く響いたようで、美々子はクラスメートの羨望を浴びた。    紗綾は、それが気に入らなかったのだ。    次の放課後に2人で手を繋いで、3階から1階まで階段から駆下りている途中で振り落とされた。   鈍くさい美々子が紗綾についていけずに手が離れてしまっての惨事だが……  美々子は折り返し階段の途中で何度も『止って!』と訴えていた。  幸い、軽い肩の打撲で済んだが、不可抗力というには悪意を感じた。  けれども、母親が死んだばかりの美々子には相談出来る大人は側にいない。    以来、音楽の授業では大人しくしていた。    美々子は紗綾には逆らえない。  10歳の少女に恐怖を植え付けるのは十分な出来事だった。          
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