9 歌声は、戦火に響く

1/1
前へ
/9ページ
次へ

9 歌声は、戦火に響く

 ドナはラーク国防軍事総長と共に、軍事放送局棟に登った。国が誇る随一、100階建ての建物はとても高く、隣の東大国まで見渡せた。  マイクを持つ。胸が打ち震える。  みんな、聞いて。お願い! 私の想いを聴いて。  ドナの歌声が響く。  その歌声は、聞くものの身体を貫いた。  その光景を見た軍部の者は後に、光の矢が走ったと語った。  泣きながらドナが歌う歌は悲しみを帯びた。  歌声を耳にした敵機のパイロット達も、敵国軍部司令官も、戦意と悪意が喪失した。  後に残ったのは、哀しみ。  高く、低く響く歌声にシェルターからも人々が出てきた。  一様に涙を流す。  自国も敵国も皆、涙を流した。  泣くことによって人々は癒やされた。  双方の爆撃が止まった。  ラーク国防軍総長は自分が思い描いた結果ではないことに慌てた。だが、そんなことどうでもいいと思った。 「ラーク閣下、どうしたことか、東大国から停戦のメールが入りました」  一人の少女の歌声に驚きながら、ラークは短く答えた。 「直ぐに応えろ。無用な戦は止めようと」 ◇ ◇ ◇ 「ドナ!」  ドナの前にユベール博士が現れた。 「私の癒やしの歌姫」  ドナは、何も答えずにユベール博士に飛びついて、ユベールを抱きしめた。 「帰ろう、ユベール。私達の家に」  ユベール博士も深く頷く。  私達は、また家に帰る。  そしてまた明日、窓を開けて歌うんだ。  ……愛の歌を。 〈了〉
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加