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「……ごめんなさい」
「いえ」
無言のまま家の脇に停まっている車の方へと向かう。
後部座席のドアを開けると、彼女は小さく頭を下げてから席に乗り込んだ。
差し込んだキーを回して車が走り出すと、ルームミラーにリアウィンドウ越しに外を見詰める彼女の姿が見えた。
かろうじて見えていた風間の姿がやがて見えなくなると、彼女はそっとこちらに向き直った。
「元はといえば、私の方からだったんです」
「えっ?」
「幼馴染のことがずっと忘れられなくて」
俺はハンドルを握りながら、彼女の言葉に耳を傾けた。
「彼と二人きりで会うようになって、どうしても気持ちを抑えることが出来なかった」
彼女は頬にどこか寂しげな自嘲のよう笑みを浮かべる。
「ある日、風間に離婚しようと告げられました。そうするのが最善の道だと頭では分かっていても、今ある暮らしを捨てる勇気がなくて……別れたくないと泣きつきました」
「…………」
「どうあがいても、もう元通りにはなれなかった。後にも戻れず、先にも進めずギリギリのところで踏みとどまってる状態で」
山間から見える遠くの海を眺めて、彼女は苦しそうに目を細めた。
俺は返す言葉が見当たらなくて、ただ黙って聞いているしかなかった。
「さっき会った時に、言われたんです」
膝の上に乗せた小さなハンドバックのベルトを握りしめながら彼女が言う。
「先に踏みとどまれなくなったのは、俺の方だったって」
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