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「この男の介錯を頼む」
ある日、上司がそう言って差し出してきた罪人の書類を見て俺は思わず目を見開いた。
書類に挟まれていた写真に写っているのが"風間隼人"だったからだ。
風間隼人は二十年前に話題になった伝説のシンガーソングライターだ。
清涼飲料水のCM曲がヒットして一躍時の人となり、その後も数年に渡りヒット作を連発。
そんな中、彼は何の前触れもなく業界から忽然と姿を消した。
『ステージ上で落ちてきたライトが頭に直撃して死んだ』なんて噂が流れて、当時彼の大ファンだった姉が一晩中泣きじゃくっていたのをいまだに覚えている。
「追悼だ」と言って姉は下の階に響くほどの大音量で彼の曲を掛けた。
唯一発売したメジャーアルバムの中の一曲だった『シュガーマン』を聴いて、俺もすっかり彼の魅力に取り憑かれてしまった。
一度聴くと耳から離れなくなる少し掠れた癖のある声、それなのに彼の声は不思議と耳障りがよく思えた。
胸のうちにすっぽりと収まるような、そんな感じだ。
「天性の才能ってやつね。音楽に愛されてるのよ、彼」
ついさっきまで取り乱し泣きじゃくっていたくせに、姉はプレイヤーから流れる彼の歌声に聴き惚れながらしみじみとそう呟いた。
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